【短編】恋の缶ジュース
あぁ、いらっしゃい。キミがわたしの家に来るの、久しぶりだよね。わたしが卒業してから、一度も来てないし。まぁゆっくりして行って。
それにしても、懐かしいね。キミと出会ったのって、大学のサークルだったよね。キミが後輩で、私が先輩。その後輩くんも、ついに卒業して就職か。時間が経つのって、こんなに早かったんだね。あ、トイレに行きたかったらそこだから……って、さすがに覚えてるか。
はい、ここがリビングです。昔はレポートやら参考書やら、そこかしこに散らばってて足の踏み場もなかったよね。けど、今は綺麗でしょ。掃除するのが大変だったんだから。
とりあえず、そこのソファにでも座っていて。飲み物入れてくるから。
・・・・・・
はい、どうぞ。
え。昔みたいに、何か面白い話はないかって。
ん~、そうだねぇ。じゃあ、久しぶりに話してあげましょう。この話はしたことなかったはずだから。
『恋愛成就の缶ジュース』って知ってる?
わたしがその缶ジュースのことを聞いたのは、大学2回生の4月だった。
午前の講義が終わって、生徒がそれぞれの思う昼食をとっているときに、友達のユミから聞いたんだ。
「こんな話を知ってる?」
ユミはそう前置きして話し始めた。
「この街のどこかに、『恋愛成就の缶ジュース』を売っている自動販売機があるんだって。そのジュースを買って、想い人に飲ませることが出来れば、2人は永遠に結ばれるんだとか。
ジュースを買って飲ませるだけ、簡単そうに思うでしょ。でも、これが簡単じゃないの。なんと、そのジュースを飲んでくれる人は、人生で一人しか現れないんだ。
好きな人がいて、その人にジュースを飲ませようとしても、運命の人でなければ頑なに飲もうとしない。他の飲み物と混ぜてカモフラージュしても意味なし。まるで磁石が反発するみたいに、一向に手を付けようとしないの。
それに、そのジュースを売っている自動販売機を見つけるのも一苦労なの。あるときは商店街に、またあるときは路地裏に。誰かがその自動販売機でジュースを買う荼毘に、まるで瞬間移動したみたいに、別の場所に行っちゃうんだ。
自動販売機を見つけるのも大変。ジュースを飲ませるのも簡単じゃない。そうなってくると、実際に結ばれたっていう人がいないから、信ぴょう性が無いんだよねぇ」
正直、その話を聞いたときは「なんだ、いつもの噂話か」と思って聞き流してたの。
ところが、その日の帰り道。立ち寄ったデパートの中で、見つけたの。
そう。
ユミが言っていた、『恋愛成就の缶ジュース』を売っている自動販売機。
目を疑ったわ。まさか、本当にあるなんて思ってなかったから。
その自動販売機には、ユミが言っていたジュース以外にも、いろんなものが売ってあった。飲むだけで『頭脳明晰になるジュース』だったり、『水上歩行が出来るようになるコーヒー』だったり。怪しい飲み物が並ぶ中に、ピンク色のラベルがされた『恋愛成就の缶ジュース』も並んでいて、普通のジュースよりもいくらか高い値段で売られていた。
それでその……買っちゃったのよね。その缶ジュース。
だって気になるじゃない! 怪しいって分かっていても、気になって仕方なかったのよ!
そのジュースを買った次の日、気になっていた先輩に、試に渡してみようと思ったの。もしユミの言っていたことが本当なら、これを先輩が飲めば付き合うことが出来るかもしれないんだから。
でも、先輩は飲んでくれなかった。ううん、飲む以前に、その缶を手に取ろうともしなかったわ。
今度は違う先輩に渡してみた。その人のことは、別に気になっていた訳じゃない。もし意中以外の人に渡そうとしたらどうなるのか試したの。案の定、彼は受け取るのを拒否した。
二人とも、もちろん、怪しい飲み物を渡されたから断ったのかもしれない。けど、あの断り方は、そんな感じじゃなかった。まるで、これを飲む運命に無いって、言葉の中に含ませるような断り方だった。
その後も、誰かにその缶ジュースを渡せないか、何度も試した。缶のラベルを『苺ジュース』のそれにカモフラージュさせても見たけど、なかなか渡せる人はいなかった。
そんなある日。それを手に取ってくれたひとがいたの。大学で知り合って、関わるうちに好きになった人でね。
もしその子に缶ジュースを渡せなければ、缶ジュースは捨てようと思ってた。自分の力じゃないものに頼って叶えた恋なんて、ちょっと味気ないじゃない。だから、断られたらジュースを捨てて、自力で口説いて行こうと思ってたんだ。
でも実際には違った。まさか、受け取られるなんて、思ってなかったから。びっくりして、彼の手に渡ったジュースをひったくるように取り上げて、そのまま家に持って帰っちゃった。
もしあのまま、彼がプルタブを上げて、ジュースを飲んだ後に、本当に付き合うことになったらどうしようって考えちゃって。家のベッドに倒れ込んで少し落ち着いたら、心臓が早打ちしているのが分かった。息も上がってて、頬っぺたなんて風邪をひいているみたいに熱くなっていた。
結局、在学中に何度も彼と話す機会はあったのに、缶ジュースを渡すことはできなかった。渡せなかった缶ジュースは、彼から取り上げてからずっと、冷蔵庫の奥で眠らせたままだった。
……と、そういうお話でした。どう、面白かった?
え、ただ先輩の恋バナを聞いただけでしたって。
もう、せっかく話したのに。
あぁ、もうこんな時間だ。時間が経つのって、やっぱり早い。話していると特に早い。
飲み終えたカップはそのままでいいよ。後で洗うからさ。
じゃあ、玄関まで送るよ。
・・・・・・・・・・・
今日はありがとう。久しぶりにその顔を見れて、嬉しかった。
ねぇ……明日も休みだよね。じゃあ、一緒に、どこかに遊びに行かない?
もっと話したいこともあるし、伝えたいこともあるから。
いいかな?
……うん! ありがとう! 楽しみにしててね!
じゃあ、明日、駅前に集合でいいかな。
ん、どうしたの?
わたしが、なんだか嬉しそうな顔をしてる?
ふふ、そうだね。
わたしの想っていた人が、思っていた通りの人だった。
ただ、それだけだよ。
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見出し画像として、『よしだゆう』さんのイラストをお借りしました!
ありがとうございます!
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