タイムスリップは狐の仕業|日々のなぐさめかた
週明けの月曜日、午前中の作業量がどうしても多くなりそうだから30分ほど早めに出ようと思っていた。
いつもよりほんの少し早起きをして、朝のルーティンを簡略化したつもりだけれど、メークをしていたらいつの間にか時間が迫っていた。
やばいやばい、今日は輪郭のシェーディングも目のハイライトも諦めよう。
忘れ物はない?今日はゴミの日じゃない?ほらほら行ってきます!
乗換の丸ノ内線はいつにも増してホームに人が多くて、ざわめきの向こうでは
「・・・駅で運転見合わせた・・・お急ぎの・・・ございません・・・」と
定型ののアナウンスが聞こえる定型の出勤模様。
9:15頃に会社のある駅に着いて、コンビニに寄って9:30頃にデスクのPCの電源を入れる。
はずだったのに。
到着駅で人混みをかき分け見上げた電光掲示板にはまだ8:30にもなっていない。
朝の1時間半は給料日前の3万円みたいなものだ。
この時間でシェーディングもハイライトも施せたし、眉毛カットだって出来た。ていうかもっと寝られたじゃないか。
状況を把握したわたしは脱力してしまった。
そのとき向こうから、駅員帽をかぶったうさぎが掲示板をすり抜けて飛んできた。
わたしの上でくるっと回転すると一瞬わたしに目配せして、またぴょーーんと向こうへ行ってしまった。
わたし以外は気がついていない。まわりはいつもの朝と同じようにあくせくと目的地に向かって足を動かしている。
見間違いかしら。
そう思ったそのとき。
一迅の風が吹きつけて、うさぎが跳ねた動線を風がなぞり、くるりとわたしを包んでしまった。
つぎの瞬間にはわたしは神社にいた。
会社の近くにある、晴れた日はお弁当を食べに行く馴染みの神社によく似ているけれど何かが違う神社だった。
鳥居やお社はドンと大きくて、そのまわりの樹木はお天道様にも届きそうだ。
右手に手洗い場、石畳の参道の遠く先には賽銭箱が鎮座している。
参道を起点に円を描くように、周りの木や彫像は魚眼レンズを覗いたようにぐにゃりと曲がっている。
わたしの心はすとんと穏やかだった。
ここに来ることが正しかったことのような気持ちだった。
するとまわりにワラワラと、さっきのうさぎがたくさん集まってきたかと思うとそのまま狐に姿を変えた。
どこからともなく飛んできたのだ。
なぜうさぎの格好なんてしていたのだろうと思うやいなや、いつの間にやら賽銭箱の前、ガラガラと鈴を鳴らすロープを手にした天狗が立っていた。
子供の天狗だろうか、底の高い下駄を履いていてもそれほど大きく見えない。
突然、天狗が
「だ!!!!」
と大きな声を出した。
驚いたのはわたしだけじゃなく、元うさぎのキツネたちも一瞬飛び上がり。そして全員天狗をまっすぐ見た。
すかさず天狗は続けた。
「るまさんがころんだっ!!!」
一斉に元うさぎの狐が飛び出していく。
私はと言うとあっけにとられて動けなかった。
天狗はなおも続ける。
「だるまさんがこーろんだ!」
わたしも今度は前に進み出る。
まるで3日食べてないうさぎが、突然餌を与えられたかのようにぴょんぴょんと飛び回っては合図とともに静止する。
そのうち次々と元うさぎの狐たちは天狗に指を刺され脱落していった。
最後はわたしと天狗の真剣勝負だ。
「だーるーま」
急にわたしの足が軽くなり少しの力で宙高く飛んだ。
そして天狗が「さん」と言ったあたりでその小天狗の背中にスルッと触れた。
そしてわたしはふわっと着地した。
何だ跳べるのか、わたしは。
「君を待ってたんだよ」
天狗が振り向いて小さな声でこう言った。
天狗の面の向こうはディーンフジオカのような眼差しだった。
え?と思ったときには、わたしはもうデスクのある14Fに向かうエレベーターに乗っていた。
いったい今のは?
時刻は9:30の少し前。
夢だったのかしら、だけどコートには金色に光る獣の毛が無数に・・・。
付いてるわけもなく、天狗に合うことももちろんなく、まじで何故か一時間半早く通勤してしまってまじで脱力したんだよ。
しょうがないから、こうだったらいいなというメルヘンに消化して自分を慰めました。
ほんとのところはドラッグストアでひたすら化粧直してましたよ。
も~~~。
※これは毎日失敗ばかりでくよくよしがちなので、失敗を慰める自己肯定感向上対策に生活の中の本当の失敗を物語で消化する取り組みです。「日々の慰め方」という名前の取り組みにしました。あまりに長文になったので引いてます。おはなしは一部フィクションです。登場する団体や場所は少し本当です。