『MIZZ先生がイラストたっぷりで教える〈便秘〉からの脱出』の著者 MIZZ先生こと”みずかみよしのり”が 渋谷道玄坂百軒店伝説のロック喫茶『ブラックホーク』を語り尽くします
Episode13 『ブラックホーク』で長年愛され続けたオークヴィレッジ製二代目の椅子
1977年頃でしたでしょうか?! 当時『ブラックホーク』が好んでターンテーブルに載せまくっていたウェストコーストサウンドやシンガーソングライター系レコードの輸入販売に力を入れていた,青山在の『パイドパイパーハウス』の新井さんから,「かなりユニークなスタイルで飛騨木工家具をやっている人たちがいて,なんかとてもいいんだけど,ブラックホークの椅子とか作ってみない?」てなノリで勧められたのが,オークヴィレッジさんだったんです。
オークヴィレッジhttps://www.oakv.co.jp/ は,大学で原子力発電の研究をしていたという変わった経歴をもつ稲本正氏が,山小屋の会というところで活動を共にしていた,後にオリジナル・ファイブと言われる面々,庄司修氏,下田恒平氏,佃正寿氏,そして稲本氏の弟裕氏と岐阜県高山市で立ち上げた集団です。
時代に遥かに先んじ,“木でモノを造る”ことによって持続可能な社会の構築を目指しながら,緑の工芸村での実践活動を展開しているということでした。
そんな情報にピピッと感じるものがあった私は,早速に飛騨の現場工房を訪ねて,オリジナル・ファイブの面々にお目にかかることにしたのです。
代表の稲本正さんは前歴が物語るように教授然とした方,弟の裕さんは物静かな方,庄司さんは林業試験場の主任のようでしたし,ニッコリ笑顔の佃さんは建具師のよう,もっとも印象的だったのは下田さんで,この方が一番年下だったんではないかと思いますが,腹の座った大工(で~く)の棟梁っていう雰囲気を持っていましたね。
皆さん,職人さんとはいえ,一般にもつ頑固なイメージと違ってとてもソフトな人当たりなので場も大いに和み,私の話によ~く耳を傾けてくれては「こんなのもいいんでは!」「それではこれは!」と前のめりになって有効な提言を重ねてくれました。興に乗って飛騨のオーク材の話に及ぼうものなら,「こんな風になるんですよ~」と目を輝かせながら,自分たちの成果をたたみかけてくる熱情やひたむきさにも感心させられました。
彼らの誠実な姿勢や人柄に触れられたおかげで,全幅の信頼をもって仕事を任せられるという安堵感を得ることができ,じつに愉快爽快な気分で渋谷の地に帰還したことを憶えています。
ほどなく正式発注へとスムーズに事は運び,待望すること4ヵ月,ついにオークヴィレッジの手になる三人掛けの長椅子とタイプの異なる一人用椅子が完成することになるわけです。
この時見事に置き換わった『ブラックホーク』のテーブルと椅子は,1985年の閉店までの長きに渡って,たくさんのお客さんたちに愛され続けることになりました。
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