片道乗車のエレベーター
小学生の頃、度々見た夢の話をしよう。
同じ小学校の校区にあり、友達も多く住んでいた某運送会社の社宅が近所にあった。
すでにだいぶ年季が入っていて、特にエレベーターは時代を感じる造りだった。
夢の舞台は、その社宅のエレベーターだ。
〜〜
誰の家かはわからないが、とにかく私はこの社宅のエレベーターに乗ってどこかを訪ねようとしている。
乗り込んで、目的階のボタンを押す、はずが…
ツヤのない銀色の板から飛び出すアイボリーの円柱形のボタン。
階の順に整列しているはずが、秩序なくランダムに並んでいる。
ボタンに彫り込まれているのは数字ではなくアルファベット。配列はランダムだ。
驚いているうちに扉は閉まってしまう。
仕方なく適当にボタンを押す。Rだったり、Zだったり。
エレベーターはガタガタと揺れながら動き始める。
1階で乗ったので、上昇していることは間違いない。
ずいぶんと長く乗っていた気がする。
すると、エレベーターは震えながら停まり、扉が開く。
目の前に広がるのは、いつもの社宅のエレベーターホールだ。
安心してエレベーターを降り、共用通路に出る。
ところが、その共用通路はエレベーターホールの幅しかなく、右にも左にも伸びていない。
しかも柵の上から下を覗くと、社宅の最上階である14階よりも遥かに高い。
トラックが豆粒のような大きさだ。
ここは違う。ここはおかしい。
すぐにエレベーターに乗って降りなくては。
急いでエレベーターホールに戻るが、しかし、エレベーターがあるべき場所は冷たいコンクリートの壁になっている。
エレベーターを呼ぶボタンもない。
非常階段の扉に手をかけるも、空回りして一向に開かない。
天空に突き出したエレベーターのないエレベーターホールで、小学生の私はただただ途方に暮れる。
〜〜
毎回、ここで静かに目を覚ます。
恐怖や畏怖はあまりなく、不思議なことに巻き込まれていた感覚がうっすら残る。
そして、この夢は度々見た。
いつも同じ。
何回目かには、「まただ…」と思うようになったほど。
あの夢は何だったんだろう…
〜〜
舞台となった社宅は建て替えられてすっかりキレイになってしまった。
そして、大人になった私は、もうあの夢を見なくなった。