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難しいからこそ
「誰かにやってもらって手伝う形にするか、子育てが済んでからにして」
妻にハイパー児童館ぷれいすの夢を語った時に言われた言葉。少し前のことですけど。
4人の子を育てるために必要な今の収入を下げることまかりならんと。
至極真っ当で返す言葉がなかった。
手伝ってくれる誰かなんてそうそう見つかるもんじゃない。
子育てが済むのって20年後?オレ生きてる?オレ元気?
つまりは、「決してやるな!」を優しく遠回しに言ったんだろうな。
そのように、妻の思いは受け取った。
にもかかわらず、「誰かにやってもらって手伝う形にする」を模索することで実現させようともがいた時期もあったり…
いろいろな場所に出かけては、ハイパー児童館ぷれいすの思いをぶつける。
障害の有無やいろいろな困難を全部取っ払ったみんなの居場所を地域に根差した形で作る。
賛同してくれる人がいる。
応援してくれる人もいる。
「何かお手伝いできることがあったら言ってください」と言ってくれる人もいる。
参考になればと素敵な団体さんを紹介してくれる人もいる。
だからといって、「じゃあ私がやるんでアドバイスください」なんて人がいるわけもない。
意外と、ハイパー児童館ぷれいすと全く同じスタンスで活動されている先達にも出会えていない。
そして、まだ何もない。
単発のイベントを計画して集客に失敗したこともあった。
とある団体に協働を持ちかけて、いい感じに進んでいると勘違いしたところでバッサリ断られたこともあった。
家計は相変わらずで、妻の懸念を払拭する材料は何もないまま。
そんな現状にあって、改めて身に染みている言葉がある。
こども支援士という資格を取るための講習、その最終回はレポート発表だった。
いい機会だと思い、ハイパー児童館ぷれいすの実現でインクルーシブを目指すという内容のレポートを仕上げ、発表した。
主催する大学の教授が講評してくださるんだけど、概ね賛同していただいた後こう言われた。
「難しいです。非常に難しいです。実現したらいいとは思うけど、田﨑さんが頑張っても生きているうちに実現できないかもしれない。でも、難しいけど、難しいからこそ、実現したいとずっと思うことは大事。思うことをやめてしまったら何も残らない」
一言一句違わぬわけないけど、だいたいこんなこと。
その時は微かにも実現を目指していたから辛かった。
そんなに難しいなら、思い続けるのは無理だよ〜と、心が折れかけた。いや、多分一回折れた。
でも、今になって思う。
ハイパー児童館ぷれいすの構想を抱くに至った。
それでもう私の人生は素晴らしいんだ。
この構想をどんどん発信して、いつか、担い手は自分じゃないかもしれないけど、自分が死んだ後かもしれないけど、それでもいつか実現する。
しないかもしれない。それでもいい。
少なからざる人に賛同してもらえた。
私は、私の人生は間違ってなんかいない。
もうそれでいい。
教授の言う通り、そして妻が思う通り、私がハイパー児童館ぷれいすを実現させるのは難しいだろう。
だけど、だからこそ、これからも構想を高めて発信する。
あ、でも、誰かさんがポンと5億円くれたらやります。すぐにでも。