僕が22歳で”豊かさ”を見つけるまで part 1 〜20歳までの平凡人生
”人生の豊かさ”とは何だろうか?
お金持ちであること?
ご飯がたくさん食べられること?
仕事があること?
いろんな意見があるだろうが、僕の答えはすごいシンプルだ。
”今この瞬間、幸せであること”
この一文が、今の僕のテーマであり指針だ。
え?こんなもん?と思うかもしれないがこんなもんだ。
この文章を読んでくれているあなたは、幸せを感じれているだろうか
上司や同僚との人間関係に悩んでいないか?
パートナーと揉めていたりしないだろうか
将来の不安に押しつぶされていないだろうか
今を幸せに生きているだろうか
自分を大切に生きているだろうか
自分の思いを殺していないだろうか
僕はこの文章を読んでくれたあなたが
”人生の豊かさ”について考えていただければ幸いです。
20歳までの平凡人生
さてここからが本題です
なぜ僕が”人生の豊かさ”について考えるようになったのか
なぜサラリーマンからフリーランスになったのか
今何をしてて何を考えて何を目指しているのか
僕の記憶の限りの人生とともに綴っていきたいと思います。
1999年11月30日
ごく普通の一般家庭の元生まれた僕は
親の仕事の都合で幼少期は転勤族だった。
0歳 〜 5歳 東京都八王子市
5歳 〜 11歳 福岡県北九州市
12歳 〜 鹿児島県出水市
学生時代は特に目立つこともなく大人しい子供だったと思う
転校を経験したおかげか、すぐ友達を作れるようになっていた。
宿題が大嫌いで、ゲームが大好きな学生だった。
小学生時代は帰宅早々玄関にランドセルを投げて、そのまま駄菓子屋を経由して友達とサッカーやカードゲームをしていた。
中学生時代は常にポータブルゲームをして家族ともコミュニケーションを取らず毎日6時間以上ゲームをしてたと思う。
反抗期は「クソババア」連呼してたし、よく物にあたっては壊していた。
学校は窮屈でよく仮病を使って休んでいた。
高校生では宿題が少ないと聞いて工業高校に入り、何を思ったかラグビー部に所属
成長期とともに体が55kg→MAX80kgまで太った
部活が終わって汚れた洗濯物を母に任せて家では相変わらず夜中もずっとゲームをしていた。
よく考えればなんて手のかかる息子だ(笑)
よく食うし、家の手伝いはせんし、よく育ててくれたもんじゃ。
両親に感謝です。
さてそんな学生時代を過ごし進むは新卒社会人
この頃の僕は”特に普通に就職して普通に家庭を持って普通に死ぬんだろうな”
と、思っておりました。
地元の電気系企業に就職するものの、休みが全然なかったため一年で退職
友人の紹介で熊本県水俣市のリサイクル工場のメンテナンス員に19歳で転職しました
ものづくりや修理する事は好きだったし、会社の人もよくしてくれる
毎日せっせと働き、気づけば成人を迎えていました。
”ずっとここで働くんだろうなぁ”
そう思ってたある日、会社で行われた健康診断の結果が僕の運命を変えたのです。
” 心電図 要精密検査 ”
この通知を見た僕はただ不安に駆られていました。
part 1 ~20歳までの平凡人生 ~ 完
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part 2 ~ 分岐点 ~