第33号(2024年9月6日)スウォーム攻撃という幻想の終わり、そしてバッテリーの価値(7月期)
みなさんこんにちは。今号は前号に引き続き7月期の話題を中心にご紹介します。今号で同志Sは卒業し、新たに同志CiCiがコメント担当で参画しますが、今後も新同志は増える予定ですのでお楽しみに!
トランプ暗殺未遂犯はドローンの事前偵察を行い、地元警察もSPに提案していた
概要
The Wall Street Journal に2024年7月19日掲載(記事本文 )
原題 "Trump Gunman Flew Drone Over Rally Site Hours Before Attempted Assassination"
Drone DJ に2024年7月26日掲載(記事本文 )
原題 "FBI reveals new details on drone use in Trump rally attack"
要旨
ドナルド・トランプ前大統領を暗殺しようとした犯人は演説会場を事前にドローンで偵察していたことがわかった。トーマス・マシュー・クルックスは7月13日未明、集会に先立ち、プログラムされた飛行経路でドローンを飛ばしたということだ。 この飛行経路は、クルックスがイベント会場を偵察するために複数回ドローンを飛ばしたことを示唆している。
飛行したドローンを分析したところ、ドローン自体には映像が記録されていなかったため、映像はライブストリーミングして確認されたと推測されている。FBI長官クリストファー・レイ長官が議会の公聴会において、「背後を映すバックミラーのように、ドローンは演台を振り返る有利な視点をクルックスに与えた」と述べ、ドローンによる映像がクルックスに戦術的優位性を与えたと指摘した。
実際の犯行ではAR-15が使用されたが、クルックスは自家製爆弾を準備してきていた。その爆弾には受信機が搭載されており、遠隔操作で爆発できるようになっていたとのことだ。
またシークレットサービスの警備上の不備も明らかになりつつある。シークレットサービスが集会開始前に会場の安全確保のためにドローンを配備することを拒否したとのことだ。
これはジョシュ・ホーリー上院議員がシークレットサービスの職員からの内部告発を受け、明らかにした。告発によると、集会前夜、地元法執行機関のパートナーからの、集会警備のためにドローンを活用したいという申し出を何度も却下したという。
この技術はシークレットサービスにとっても利用可能なものであったという。その後、シークレットサービスはそのパートナーに対して現場監視のために、ドローンを配備するよう要請したが、それは事件が発生した後のことであった。
コメント
元大統領が暗殺未遂になったというだけでも恐ろしいニュースであるが、その暗殺未遂犯がドローンを使って会場を偵察していたという今回のニュースは正直肝が冷えた。もし彼がドローンと爆発物を組み合わせて行動を起こしていたら、結果は大きく違ったかもしれない。
ドローンと爆発物による暗殺というのは、夢物語ではなく2017年にベネズエラでも(未遂ではあるが)発生している。以前noteで紹介したように、米国の法執行機関にはドローン対処において大きな制約があるが、今回の暗殺未遂事件を教訓としてドローンを使った暗殺への対処を強めていく必要があるだろう。
またシークレットサービスがドローンの配備を却下していたとの告発は、てっきりシークレットサービス側でドローンを配備できていたからなのかと思っていた。
しかし事件が発生した後に、ドローンを飛ばすことを要請したということを考えると、シークレットサービスにドローンを運用する能力がないということを示唆しているのではないか。ドローン対策をするなら、自分でドローン飛ばしてみないとわからないこともありますよと言いたい。(以上NK)
今回からコメントさせていただきます、CiCiです。トランプ大統領の狙撃犯のドローンの使用についてですが、私からは、狙撃犯側の視点と警備側の視点の両面からコメントしたいと思います。
①なぜドローンを使って攻撃しなかったのか
あくまでドローンは予備手段、ドローンで爆弾投下というのも選択肢の一つであるが、殺傷力が強すぎて周りを巻き込むリスクが高いのと、また、射撃に比して実行まで時間がかかる(離陸→飛行→投下)からではないかと推測できる。彼にとってはドローンの使用は偵察使用がメインだった。結果論であるが、今回のドローン対処におけるシークレットサービス(SP)の不手際をみるに、ドローンを使った方が、SPが対応できず奇襲的に攻撃して、犯人の望む成果を得られた可能性も否定できない。
②会場警備側の対ドローン対策の不手際
この記事には、なぜ法執行機関からのドローンを活用した警備をSPが却下していたとある。しかも、その却下した理由は、SPは十分に保有しているからであるということ上げている。しかし、本事案において、現場における警備ドローン警備のノウハウがない、または担当者の十分な知識がないことを露呈することになってしまった。
警備については、こちらが何ができるかではなく、相手が何をするかをベースにして警備計画を立案するのが通常の考え方のはずである。確かに射撃を受けた後の対応は見事、ただ、新しい脅威に対する対応をどこまで真剣に考えているのか気になるところ。ましてやドローンを使った偵察など、だれでも容易に想像できることであり、これを阻止すらできないことは、SP側は猛省すべきであろう。
そして、演説会場におけるドローン状況のモニターや、その対処について、これから警備計画に確実に含ませるべき内容となるが、どこまでこれらが具体化されているのか、気になるところである。
③振り返ってこの事件で日本側が得られる教訓は何か
さて、日本の警察、自衛隊の警備計画における対ドローン対応は具体的な記述があるのだろうか。「発見次第警察に通報的な内容」のような表面的な一文しか記載がなく、実質的な発見、対処要領など記載されていないのが実情なのではないか。
結局このような内容だけでは、実態としては何も対処できないということを言っているようなものだ。
例えば、総理が出席する自衛隊観閲式におけるドローン対処についても考えられていると思うが、今回のSPの対応を反面教師として実際的な対処の要領の検討としっかりとした予行を期待したい。(以上CiCi)
イスラエルがフーシ派のドローン攻撃を探知できなかった4つの理由―スウォーム幻想の終わり―
概要
Iran International に2024年7月21日掲載(記事本文 )
原題 "Experts explain why radar systems failed to stop Houthi drone attack on Tel Aviv"
要旨
フーシ派が行ったイスラエルへの2回の攻撃に対するイスラエル側の反応は異なるものであった。7/21にエイラトに対するミサイル攻撃は探知でき迎撃することができたが、7/19に発生したテルアビブに対する無人機攻撃は探知すらできなかった。この攻撃により、なぜテルアビブを目指して2600キロも飛行したドローンは探知されなかったのかという疑問が発生し、イスラエルの防空システムへの信頼は揺らぐことになった。
イスラエルの対ドローンメーカーであるR2のCEOであるオン・フェニッヒは、ドローンを探知するのは難しいと指摘し、「イスラエル空軍は、それ(ドローン)が識別され、誤分類されたと言ったが、同盟国すべてが誤分類したというのはどういうことだろうか?」と述べた。
彼によると、こうしたドローンはレーダーから逃れるために地形を利用して飛行し、プラスチックやカーボンの複合材で作られているためレーダーシグネチャーが低いということだ。
さらには「数が多ければレーダーが探知するかもしれないが、1機や2機ではレガシーシステムは探知できない」と述べ、少数機による攻撃が探知を難しくした要因であると指摘している。イスラエル上空には、レバノンやイラクからドローンの侵入が相次いでおり、1日あたり3~5回ドローンが飛行しているという。イスラエル空軍の調査によると、金曜日は既にイラクから飛行してきたドローンと交戦していたとのことだ。
イスラエル国防省で10年以上研究コンサルタントを務める諜報アナリスト、ローネン・ソロモンによると、ドローンを発見できなかったとすると攻撃に使用されたドローンに西側機の部品、もしくは民間機の部品が使用されており、識別情報が偽装されていた可能性を指摘する。
事実、攻撃が発生した金曜日の早朝にはドローンと同じルートを多くの長距離便が飛んでいたという。ソロモン氏は、ドローンが民間航路を飛行してベングリオン空港に着陸しようとする民間機の近くを飛行していたのではないかとも指摘する。
今後の可能性として恐れるべきシナリオは、ドローンを民間機や空港に衝突させるシナリオであると彼は指摘し、「フーシ派は、空と海をリアルタイムで追跡するアプリケーションを使って船舶を攻撃している。今心配なのは、もし彼らが飛行機の近くを飛ぶことができれば、空港に向かう途中の飛行機を攻撃することができるということだ」と警鐘を鳴らす。
コメント
全体的な感想としては、このフーシ派の攻撃手法は2019年にサウジアラビアの石油施設を攻撃した際の手法にどこか通ずるものがあるように思われる。
特筆すべき点としてはフーシ派のドローンが民間航路や民間機を隠れ蓑として目標まで接近していた可能性があるということだ。確か2023年に中東の米軍基地がドローンで攻撃された際も、ドローンは飛行経路を偽装して基地まで接近していた。
このように偽装されてしまっては、レーダーという単一のセンサーのみではやはり探知はできても識別が難しいのだろう。経空脅威が増加する今だからこそ、光学情報のような他のセンサーが必要ではなかろうか。(以上NK)
かねてよりスウォーム攻撃の有効性に疑念を持っていた筆者だが、この記事で決定的となった感がある。というのもスウォームの同時飛行数を競っていたのは米中などである。が、彼らはドローン戦の実戦を戦っていない。
他方でドローン戦を既に戦っている、ウクライナ、ロシア、イランとその支援するフーシ派などの武装勢力、アゼルバイジャンなどは”同時に大量のドローンによる攻撃”をほとんどしかけていない。
例えばロシアは8月25~26日にかけて109発ものシャヘド自爆ドローンを100発を超える巡航ミサイルと共に発射したが、以下の図が示すように時間もタイミングもバラバラだ。
また8月21-22日のシャヘド空襲では10発が発射されたが、6つの時間帯に別々の場所に攻撃が向かっている。
これはウクライナ側も同様だ。ウクライナ軍は8月14日、開戦以来では最大規模とされる自爆ドローン攻撃を少なくとも三か所のロシア軍の空軍基地に対し敢行した。これはロシア側がミサイル4発とウクライナのドローン117機以上を撃墜したと主張していることからも少なくとも200近い規模の攻撃が行われたと目される。
が、そのロシア側が投稿した攻撃動画はいずれも単機による攻撃なのだ。
筆者はこれまで幾度もウクライナ側の長距離自爆ドローンによるインフラ攻撃映像を確認しているが、どれも単機によるものとなっている。おそらく同じ拠点に対し複数機を差し向けた場合でも時間なり方向をずらして行っていると思われる。
イランやフーシ派などのシャヘド自爆ドローンによる攻撃もほとんどが1~2機を基本単位として攻撃している。
フェニング氏が指摘する1~2機の場合、ほとんどレーダーには探知されないというのは実戦で証明されたものなのだ。そもそも一か所に集団でくれば探知だけでなく迎撃もやり易い。対応する人間の集中力も短時間だけでよい。
空母機動部隊へのミサイル飽和攻撃をそのまま応用して、ドローンによるスウォーム攻撃が机上の空論でもっともらしく扱われてきたが、実はそれが幻想でしかないことを、最近の実戦運用は教えてくれるのである。
実はこれは戦史からも明らかな事実なのだが、それは文末コメントに譲りたい。(以上、部谷直亮)
バッテリーがなければ戦えぬ―見過ごされがちなバッテリーの価値ー
概要
War on the Rocks に2024年6月20日掲載(記事本文 )
原題 "BATTERIES AS A MILITARY ENABLER"
要旨
見過ごされがちではあるが、バッテリーは軍事における重要性を増しつつある存在である。バッテリーはディーゼル電気潜水艦から無人プラットフォームまで様々な軍事的用途を持ち、中国の持つバッテリーの産業的・技術的能力は台湾有事における安全保障上のリスクをもたらす。
FPVドローンは現在ウクライナの戦場で猛威を振るっているが、そうしたFPVドローンはリチウムイオン電池を使用している。中国のドローン生産能力はウクライナとロシアにおけるドローン生産量を凌駕する量のドローンを生産できるほどのものであり、必要であれば民生用ドローンの生産ラインを軍用ラインへと回すことができるだろう。
この中国のドローン生産能力とバッテリーの工業能力の組み合わせは台湾有事で重要な役割を果しうる。台湾海峡の気象条件や、他の動力源との比較を考えるとドローンが活躍できる幅は限られるが、バッテリー技術の飛躍的進歩は、そうした限界をこえていくだろう。注目すべきは中国海軍はドローンの活用を拡大しつつあることであり、世界初のドローン専用空母の進水はその一例である。
海上領域においては、バッテリーの重要性はさらに増していく。バッテリーはUUV、USV、通常動力潜水艦で使われている。ほとんどの海軍ではディーゼル発電で充電されたバッテリーを搭載したディーゼル電気潜水艦を運用しており、鉛蓄電池からリチウムイオンバッテリーへと切り替わるように潜水艦に使われるバッテリーが高性能化すれば非発見率の低下や航続距離の増加など大きな利点がある。
全固体電池はリチウムイオンバッテリーと比べ、さらに優れた能力をもたらすもののコストと技術的課題のために未だ商業化されていない。しかし軍用においては、コストはある程度無視できるため固体電池の開発は、ディーゼル電気潜水艦と、地下、地上、水面上の無人システムの両方に、大幅な性能向上をもたらす可能性がある。
以上のように、中国のバッテリー開発能力が高度になればなるほど、軍事問題を一変させられるような全固体電池の技術的進歩を達成したり、リチウムイオン電池における製造能力を生かして無人・有人の航空・海上システムの配備を拡大することもできる。従って西側諸国は関税の引き上げを通じて中国のバッテリーに関する能力を制限し、自国のバッテリー産業・技術力を向上させることが必要になる。
中国製品への関税は電池価格を上昇させ、脱炭素化への取り組みを阻害すると中国製品への関税に反対する人々は主張する。しかしこうした主張は西側諸国が行っているバッテリー産業基盤への投資や、技術的進歩といった事実を無視している。中国製バッテリーへの関税は、市場における空白を作り出すことができる。
またバッテリーに関するサプライチェーンのリスクを取り除く必要がある。例えば中国から産出されるバッテリーの原料になる鉱物を他の地域から調達することが求められる。加えて材料科学等の応用物理化学の分野で、中国は研究開発に注力しているため、西側諸国もこれらの分野への投資を加速させるべきだ。最後にバッテリー技術の移転が中国の防衛産業基盤を助長しないように技術移転に関する政策を精査しなければならない。
※原文ではリチウムイオンバッテリー(Li-on)となっているが、これはスマートフォンやノートPC用に使用されるもので間違いである。FPVに使用されるのはリチウムポリマーバッテリー(Li-po)である。本noteでは正確を期してリチウムバッテリーと訳出した(量産型カスタム氏)
コメント
真正面からチャイナ・バッシングな記事です。こうしてみると西側の中国産業脅威論って結構肥大化していないか?と思います。知人にもこういう方々はいますが、他方で「中国政府の規制に反発して、西側を拠点にチャンスを作ろうとする中国人たちはいる」と考えて協業を狙う人々もいます。
考え方は(国や国民の安全に抵触しない限り)自由ですが、中国国内の経済・産業の状況の評価にコンセンサスを得られていない状況であるということは、今後の議論の足並みを乱すのではないかと懸念しています。
そもそも中国を大変な脅威とみているか、まだそこまで急を要す脅威でないとみているかで対応も変わりますし、どの分野がどう脅威なのかも変わります。もしかすると自国の産業のために中国製バッテリーを使いたい国も(少なからず)あるでしょう。
中国国内の目下の課題は経済低迷です。しかし、中国共産党は個人が市場経済の力を借りて強大な力を持つことを嫌います。このジレンマに何かしらの対応を取るのか、それともやっぱり成功した経営者に共産主義的な行動を強いるのか、西側で完全なる中国締め出しが達成されるのか、いずれにしても、日本企業が第一の選択肢として上がるようになれば万事解決なのですが(笑)、道は険しいです。 (以上S)
経済安全保障というと、やれ半導体だとか注目されるが忘れられがちなバッテリーに着目して論じているという点で注目すべき記事である。バッテリーの軍事における重要性が増しているという指摘があり、ドローン用や潜水艦用途でバッテリーが使用されているという例が出されていた。
実際はそれ以上に軍隊ではバッテリーが使用されている。例えば現代戦を戦う兵士は銃の照準器はさることながらヘッドセットやスマートフォンといったバッテリーを使用する電子機器を大量に装備するようになっている。
以前紹介したようなゲーミングノートを戦場で使うようなことが増えてくるなら、その電源となる大容量バッテリーの必要性はさらに増すことになるだろう。
さらには、戦場の空をドローンが飛びかいISRの目があちこちにあるような戦場であれば、内燃機関と比べて赤外線シグネチャーが低い電動バイクのような移動手段が好まれるようになり、またバッテリーの問題が出てくることになる。
以上のように陸戦だけでも、軍隊はバッテリーを必要としているし、将来的にはさらにバッテリーを必要としてくることがわかる。そうした意味でもバッテリーに関するロジスティクスの整備は必須であろう。(以上NK)
卒業に寄せて(同志S)
皆さんこんにちは。
創刊から携わってきたSですが、この度現代戦研究会noteのコメンテーターを卒業させていただく運びとなりました。
これまで短い期間論文を読んだり、軍事メディアの記事を紹介させて頂きました。「こいつなんも分かっちゃいねーなー」と思われた方もいらっしゃるかもしれませんが(笑)、少しでも皆様が現代戦及び軍事の様相について考えるきっかけとなっておりますと幸甚です。本当はこの記事を通じて読者の皆様とディスカッションなどができると良かったのですが、それは今後の皆さんのご活躍と、現代戦研究会の益々のご発展に託したいと思います。
今後は外交・安全保障分野の本流からはもっと逸れると思います(自分は軍事というより組織の戦略やオペレーション全般に興味があり、国際関係ではなく公共政策にいましたので…)が、まだ業界の端っこにおりますので、何かの機会にお会いすることがございましたら皆様と楽しく議論できればと思います。
短い間でしたが誠にありがとうございました。引き続きご愛読よろしくお願いします!(以上S)
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