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【小説】老婆と春 1

妙子(たえこ)は舌ったらずだ。
ていうか、四六時中酔っ払ってるから呂律が回っていない。
大体、朝の七時くらいに起きて庭の花に水をやる。
それがひと段落したらもう酒を呑み始めてる。

妙子の冷蔵庫にはハイネケンの瓶がずらりと並んでいて
食べ物は生ハムとかサラミとかチーズとか
酒のアテになるようなものしかない。

妙子は昔からそんな風だったから
両親、特に父親は妙子と孫である僕をあんまり会わせたくなかったみたいだ。
それでも、二人が離婚をして僕が母に引き取られてからの長期休みは
よく妙子の家に預けられた。
シングルマザーはなかなか休みを取れないらしい。
加えて僕の母は独身時代からバリバリの仕事人間だったので
幼子(と言っても小学生だったけど)の面倒を見るより、
仕事をしている方が精神が安定したんだろう。

僕は妙子が嫌いじゃないので
妙子の家に預けられることに文句を言ったことはない。
小学生の時は長くても一週間くらいの宿泊だったけど
中学生になって一人で妙子の家に行き来できるようになったら
長期休みまるまる妙子の家に居るようになった。

妙子は僕のことを全然ゲスト扱いしない。
なんなら働き手が増えたと喜んで、更に何もしなくなる。
僕がいる間は、掃除も洗濯も僕の仕事だ。
それでも庭の水やりだけは妙子が毎朝行う。

妙子が水を撒くと、いつも美しい虹が出来るのだ。

「やらせて」とお願いして、妙子からホースを奪ってみても
僕が虹を作れた試しはない。

「お前に魔女の素質はないね」と言って
手に持った煙草を咥え、
妙子がホースを一振りすると大きな虹が出来る。

そう、妙子は魔女なのだ。

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