かなしみの予感

星のかけらといわれるぼくが
いつどこでかなしみなどを背負ったのだろう 

杉崎恒夫

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一緒に暮らす恋人が、女の子を連れて帰ってきた。

私も知っている女の子で、まだ20歳そこそこの
若いけれど知識のある可愛い女の子だ。

彼女は泣いている。
いつも笑顔で可愛い彼女がそんな風に
崩れるように泣いているので
慌てて駆け寄った。

恋人はバーで働く人で
彼女が1人で来店し、あまりにも泣いているので
ここはナオちゃんに任せようと
タクシーに乗せて連れて帰ってきたそうだ。

任せようって何。と、思いつつ
彼女の背中をさすりながら
「とりあえず煙草吸おっか」と
窓を開けた。

彼女は最近、別の女に恋人を取られていた。

その話は知ってたが、彼女があっけらかんと話し
そんなに傷ついた風でもなかったので
気にしていなかった。

恋人が別の女の物になっても泣かなかった彼女が
泣いている理由は、
自分が見つけ、たくさんの友人を作り
そして元恋人に紹介した飲食店に
元恋人が取った女を連れて来訪したから。
そして運悪く、彼女もその場に居てしまったらしい。

「あの場所は、私の場所なのに
私が大事にしてた場所なのに」

何度もそう言って泣きじゃくる女の子の
背中をさすりながら一緒に煙を吐いた。

居場所を取られた気がして苦しい。と彼女は言った。
男なんてどうでもいい。
恋人と別れても、次の恋はやってくる。
でも、居場所は。
一度見つけた居場所は、
たくさんの人と出会い交流した居場所は
簡単に代替の効くものでは無い。

「それは悲しいよね」と私も言った。

「彼が他の女のものになったのはいいんだよ。
だって、私も彼のこと前の彼女から取ったし
でも、私が大好きな場所に今の彼女を連れてくる必要ある?」

因果応報。したことは返ってくる。
取った男は取られていく。
元恋人の性格も熟知していたので
それは起こるだろうと思っていたそうだ。

でも、予想外に元恋人のデリカシーが無かった。

わかってたけど、そういう人だって。
わかってたけど、悔しい。

彼女は泣いて泣いて
泣き疲れて眠った。

「わかってたけど」という彼女の言葉が
一番悲しかった。
どうして、わかっちゃうの。と、
私まで悲しくなった。
そんなこと、わからなくていいのに。

悲しいことが起こると、予感のある恋は
その存在自体が悲しいではないか。

大人になった私たちは
人生においていつか悲しいことが起きることを知っている。
きっとみんなそうだ。

子どものころは知らなかったのに。
いつ、悲しみなど背負ったのだろう。
いつか悲しみを背負うと知ってしまったんだろう。

明け方、「ごめんね」と言って
彼女は帰った。

数年後、彼女は社長夫人となり
元恋人はまた別の女のものになっていた。
私はその時の恋人と結婚し、2児の母となっている。

悲しいことは起きるよね。
でも、悲しいことばっかりでも無いよね。
きっと明日も良い日だよ。

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かなしみは宝石の引っ掻き傷
反射してはキラキラ光る

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