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日々を彩るもの
なにもないこともないけどなにもない
或る水彩画のような一日
小島なお
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コーヒーの香りがして目を覚ました。
珍しく朝早く起きたらしい夫が
先日、祖母から譲り受けたコーヒーメーカーで
豆からコーヒーを淹れたようだ。
あわよくば「コーヒー入ってるよ」と
起こしに来てもらいたかったが、
夫にそのようなホスピタリティは無い。
コーヒーの香りの中で、
うとうとと微睡みを充分に味わってから
自発的にベッドを降りた。
一緒に寝ていたはずの5歳の娘は
先に一人で起きて、夫とリビングにいた。
1歳の息子はベッドの上でコロコロと転がって
ひとり遊びをしていたが
私が起き上がったのを合図に
「僕もリビングに連れて行け」と
立ち上がり、両手を広げて抱っこをせがむ。
リビングに行き、
まず息子のためのトーストを焼く。
焼きあがるまでの間に
コーヒーをカップに入れて一口飲む。
友人から仕入れているコーヒーは
甘い香りなのにガツンと苦味がある。
私の好きな深煎りだ。
お腹を空かせた息子に
焼き上がったトーストを渡し、
もう一口コーヒーを飲んでから
洗濯機を回し始める。
昔読んだ小説の登場人物が
「洗濯物が回るのを見ているのが好き」
と言っていて
あぁ、私も好きだ。と自覚した。
物が綺麗になっていくのを
ただぼうっと見つめるだけの
優しい時間が好きなのだ。
娘は好きなアニメをテレビで流しながら
ヨーグルトを食べている。
その横で息子はトーストを
ポロポロこぼしながら
同じくアニメを見ている。
夫はダイニングでスマホゲームに興じ
私はそれを眺めながら
少し冷めてしまったコーヒーを飲んだ。
今日も予定は特にない、ただの休日だ。
と、ぼんやり考えていたら夫が顔を上げた。
「お昼ご飯に、ハンバーグ食べに行こうか」
夫が言っているのは近くの喫茶店のことだ。
ハンバーグを食べようと言っているのに
彼は大体カレーを頼む。
いいよ。と短く返事をしてキッチンに向かう。
その背中に夫の声が届いた。
「今日は昼からビール飲んじゃおうか」
なにもない一日の、なにもないこともない嬉しい提案だった。
日常の彩りは日常の中に存在する。
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子どもおり笑って生きている日々が
なにもない日々のなんでもある日々
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