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どこまでも好きになってしまうから

逢ひみての 後の心に くらぶれば
昔はものを 思はざりけり

(恋しい人とついに愛し合った後の心に比べれば
それ以前の物想いなど無かったことのようだ)

権中納言敦忠

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好きだな。と眺めている恋愛は
ひとつの汚れもなくただ美しいだけ。

もしもその人が一瞬でも私のことを見て、
ぎゅっと抱きしめられ
その体温を知ってしまったら。

触れ合うことのない片恋は
ショーケースの外側から
アクセサリーをうっとりと眺めているのに似ている。
手に入れるとか手に入れないとか
そういう類じゃなくて、ただ目を奪われるだけのもの。

でも、ショーケースから出して
それに触れてしまったら
質感や重量、肌に触れた時の感触や
それを身につけた時の自分の煌めきを知ってしまう。

当たり前のことだけど
好きな人がそこに居て、生きて
その心の中に自分がいることが奇跡なのに
私たちは「もっと、もっと」と求めすぎる。

ただの人間に生まれた私たちは
求めることが本能だ。
求めることをやめるのは、生命活動の停止を意味する。

本能に従い心のままに求める、なのに苦しい。
あの体温を知ってしまったら。

「片思いの時が一番楽しいよ」と
言ったこと、聞いたことは
一度や二度ではないはずだ。   

両想いならまだマシ。
一度触れ合ったのに、その人が自分のものにならない恋や
会いたい時に会えない恋は地獄だ。

悪い男に恋をして
その人が私のものになるつもりも無いことはわかっているのに
会えたら嬉しくて、その日別れたら次会う時までずっと泣いている。
そんな恋をしたことがあった。

こんなことなら出会わなければ良かったと思いながら
瞼の裏に好きな男を思い浮かべる毎日。

表題短歌は、こんなドロドロした恋愛の折に詠まれたものではなかろうが
この歌を思う時、私はどうしても
上手くいかなかった恋愛を思い出してしまう。

『逢ひみての後の心』は忙しい。

好きな気持ちが膨れ上がるほど
自分の内面の汚れや浅ましさに気づいていく。
そうして大人になるのよと
大人になった今なら言えるが
当時は満身創痍で恋をしていた。

結局、彼は行方をくらまし
傷が癒えるとともに過去の人となってくれた。
それで良かった。
まだ少しでも美しい思い出の間に消えてくれて。

手が届かないなら
届かないところに居てくれるのも良心だ。
中途半端に手を差し伸べて
時間ばかりを奪わないでほしい。
私たちの時間は有限なのだから。

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知らなくて良かったあなたの体温や
寝起きの髭の生え方なんて

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