わたしが泣いた日
「抱きしめてあげようか?」と声がした。
しゃがみ込んで、顔を膝の上に伏せ、世界と自分を断絶しようと努力しているその頭上に、驚くほど軽やかな声が降ってきた。
外は雨で、そんな中でずっとしゃがみ込んでいるものだから、当たり前のように髪も服もびしょ濡れだ。
軽やかな声はそれ以上何も降らせることはなく、パタパタと雫が布を打つ音が聞こえる。
傘だ。傘が、これ以上濡れないように雨を凌いでいる。
それに気づいて、ふっと顔を上げた。
視界に入るのは差し向けられた紫色の綺麗な傘の半円。一体、どんな顔でその人は傘を。
首が痛くなるほど上を向いて、やっと視線がぶつかった。
「やぁ、元気かい?」
しゃがみ込んだ人間ひとりを丸ごと傘で覆っているものだから、今度はその人がびしょ濡れになっていた。
なのに、ただ視線がぶつかっただけなのに、花が綻ぶように笑うから。
世界と自分を断絶して、もう何も感じないように、蜘蛛の糸を辿るような心地でなんとか保っていた緊張が切れた。
勝手に流れる涙は、そのまま目尻を伝って耳に入る。
だからもう、その人がその後なんて言ったかなんて分からなかった。
ただそれが、五文字の優しい言葉だったことしか。
何も、分からなかったんだ。