白いうつわに結局たどり着く
念願の一人暮らしを始めたのは、24歳のときだった。
わたしの「暮らし好き」は、初めて自分で借りた、あの小さなアパートでの生活で芽吹いたものだと思っている。
当時は出版社に勤める新人編集者で、毎晩遅くまで仕事して、それから仲間と飲みに行き、という生活だったが、昼食は節約のために自分の住まいの一口コンロでお弁当を作っていた時期もある。
実家では当たり前のように食卓に並んでいた卯の花が無性に食べたくなり、目分量でつくってみたら味がぼやけて全然おいしくなくて、祖母の料理の腕をあらためて見直したり、いつも食べながら「おいしい」ってちゃんと言わなかったことを後悔したり。
会社に通える距離に実家があるにもかかわらず、勝手に一人暮らしを決めて家を出てしまったことに、当初は両親や祖父母に対して申し訳ないような気持ちもあったけれど、今になってみれば、あのときわたしは家を出てよかったと100%の確信を持って言える。
あそこで自立していなかったら、いろんなことに感謝が足りない傲慢な人間になっていたに違いない。それくらい甘やかされていたし、甘えていた。
料理家さんの影響でうつわに目覚める
料理をおぼえ、料理が好きになったのも、一人暮らしを始めて以降のことだ。料理本や料理番組のレシピを見ながら、まずはちゃんとその分量通りにつくってみることで、味の加減をおぼえていった。
好きな料理家さんを見つけて、レシピ本を買い揃えながら、簡単でおいしく、しかもおしゃれに見える料理を一人暮らしの台所で学んだ。
料理以外にも、モノ選びの視点やセンスなど、憧れたその人から受けた影響はたくさんある。
あるとき、雑誌の取材記事か何かで、その料理家さんが「うつわが料理を助けてくれる」と語っているのを読んだ。
それまで、一人暮らしを始めると同時にFOB COOPや無印良品でとりあえず買い揃えた白い業務用食器をメインに使っていたのだけれど、それからは、海外のアンティークの食器や、日本の陶芸作家の食器にも興味が湧くようになった。
ちょうどフリーライターとして雑誌の取材に飛び回っていたころで、街特集の取材で仲良くなったヴィンテージショップに通い詰め、そこでイギリスの古いうつわの愛らしさに魅了されながらコレクションを増やしていった。
その後、BEAMSが牽引した民芸ブームにもしっかり乗り、公私に渡って民芸の世界にハマって、うつわもいろいろ買い込んだ。
並行して、作家もののうつわを取り揃える店や個展でも、好みのうつわを買い揃えていった。
結婚してからも、うつわを選ぶのはわたしの役目だったし、所有するうつわすべてに購入したときの記憶と、強い思い入れがある。
とはいえ、引っ越しの荷造りのときに行う食器の見直しや、新しい食器を買ったタイミングでの食器棚整理で、うつわの点検をすると、やはりその都度手放すものが出てくる。
愛着はあるけれど、わが家での役目は終えたうつわの引き継ぎに、メルカリを活用した話を以前書いたが、
好きなうつわを捨てることなく循環できるようになると、食器棚の見直しも日常的になり、基本的には今所有しているうつわたちはすべて一軍である。
そのなかでも、「やっぱり自分もここに行き着くのか」と少し驚いているのが、白のうつわの存在と、その頼もしさだ。
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2022年12月発売のエッセイ集『すこやかなほうへ』(集英社)に収録されたエッセイの下書きをまとめました(有料記事はのぞく)。書籍用に改稿…
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