山から降りる準備
この10年あまり、村を離れて山にこもっていた。
山ごもりの日々は今もなお続いているのだけれど、そろそろ山小屋を離れる準備も少しずつ始めた……もちろん気持ちの上での話。
11年前に娘が生まれ、9年前に東京から郊外へ引っ越したこと。忙しい雑誌の仕事からマイペースな働き方へシフトしたこと。そうした変化によって心の住処も、にぎやかな村から小さな山の奥にある小屋へと移り、そこでひっそりと暮らしを営んできたのだ。
山小屋の日々をこつこつと綴っては、読んでくれる人たちに向けて発信したり、定期的に村へ降りて買い物をしたり、人に会ったり、時には旅に出たりもしていたけれど、基本的スタンスとしては「今は山ごもり中」だった。
おもしろい間はそれを堪能したいと思った
山ごもりを現実的にいえば、「子育てに軸足を置いてきた」ということになるだろう。仕事は細々とでも続けてきたのだから「子育てに専念した」のとは違う。
でも、子どもが幼くて手がかかるぶん子育てが最高におもしろい時期でもあるなら、それを堪能したいと思った。家で仕事をするフリーランスだから実践するのは難しくなかったし、かつてのようにすべての時間を自分や仕事に充てられなくなったことで、最新の情報をキャッチすることにも執着がなくなった。そのかわり自分と家族の毎日と、その周辺で起きることから、最大限を吸収しようと感覚を研ぎ澄ませる体に変化していった。
昨年、娘が中学受験をしたいと言い出し、塾通いの日々が始まったことで、受験まであと1年半の間は、その勉強のサポートに明け暮れる覚悟でいる。
もちろん仕事はこれまで通り続けるけれど、稼働できるのはあくまで娘(とわたし)の受験勉強の日々の合間になるだろう。だからあと1年半は、山の中だ。
それでも「あと1年半」という残り時間が見えていることは、わたしにとってものすごく大きいことだ。だってこの11年間、子育てに限っていえば、今よりラクになることがわかっている、そんな明確なゴールが見えたことはほとんどなかったから。
もちろん、これは一般論ではなく、人によって状況はさまざまだ。乳児と保育園時代までが最もたいへんで、小学校に上がってからずいぶんラクになった、という人も多いだろう。
わたしだって、もし企業に勤めていたり、外に出なければできない仕事だったなら、まったく違う11年を送っていたに違いない。たまたま、家に小さな机とパソコンがあって、規模(収入と言いかえてもいい)の大きさを望まなければ続けられる仕事だったわけだが、そんな身にとっては、6時まで娘を預かってもらえた保育園時代より、3時や4時で下校してくる小学校に上がってからの方が、集中して仕事できる時間は減ったという現実がある(学童保育を利用するという選択肢もあったけれど、そうしなかった理由については別の機会に書こうと思う)。
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2021年11月発売のエッセイ集『ただいま見直し中』(技術評論社)に収録されたエッセイの下書きをまとめました。書籍用に改稿する前の、WEB…
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