前例は大人の特権
年令を重ねるにつれて、「そういえば前にもこんなことがあった」という前例が自分のなかに蓄積されていくと、その前例に意外な助けられ方をすることがあるんだなぁ、とつくづく思うことが、数年前にあった。
もう20年近く前、30歳くらいでフリーになりたてだったときのわたしは、たいした経験もないくせに、いやむしろ経験がないせいで、頭でっかちで面倒くさい奴だったと思う。
編集者としてキャスティングしたい相手のマネージャーさんが全然連絡がつかないとか、電話やメールを折り返してくれるという約束だったのが、その折り返しが全然こないとか、やっと連絡がついたと思ったら前に言われたことと条件が変わっているとか、そういうことにいちいち腹を立て、その不満を仕事仲間にもらしながらお酒を飲んでいたのだけれど(今思うとしょうもない)、似たようなこと、もっとたいへんだったりひどかったりすることを、周りもそれなりに経験していて、それでも涼しい顔で受け流すことができている人が不思議だった。
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生きかた、はたらきかた、暮らし、モノ選びetc.のエッセイが12本入っています。
書籍『すこやかなほうへ』下書き集
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2022年12月発売のエッセイ集『すこやかなほうへ』(集英社)に収録されたエッセイの下書きをまとめました(有料記事はのぞく)。書籍用に改稿…
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