熊上 崇教授 2024年5月7日参議院法務委員会(民法改正の参考人聴取)
熊上教授
和光大学の熊上と申します。
1994年から2013年まで19年間、家庭裁判所調査官として、北海道、東北、関東の5ヵ所の家庭裁判所で勤務し、 少年事件、家事事件、従事してまいりました。大庁でも支部でも勤務しておりました。
困難な状況にある子どもたちのために仕事をしてきたつもりでございます。2013年から大学研究者をしております。
本法案での共同親権は、子の転居、 教育や医療について双方の合意がないと子どもは希望する進学や医療を受けることができない。父母の合意が必要ということは、一方の共同親権者が拒否すれば、急迫の場合以外は子どもが進学や医療受けることができず、いわば一方に拒否権を与えるものであり、子どもにとって不利益なものではないでしょうか。
そもそも、合意のないケースで共同親権を家庭裁判所決定にすることが子の利益になるのか、という説明は政府からなされていないことも重大な問題です。
また、本法案について、離婚後もパパもママも関与できることが子の利益と政府は説明していますが、 現行法の民法766条でも、別居親の子どもへの関与は可能であります。子の監護に関しては、父母の協議で定め、協議ができなければ家庭裁判所が決定するということができるということになっております。
そもそも、本法案の共同親権は子の利益となるのでしょうか。まずは子どもたちの声を聞くべきです。
子ども自身の意見や意思を抜きにして、子の利益は成り立ちません。子どもたちのことを子ども抜きで決めるべきではありません。Nothing About us without us. 私達のことを私たち抜きで決めないで。
この言葉は国連障害者権利条約の障害者の人々のスローガンでしたが、同じことが子どもに関する保護制度にも言えます。
そもそも、離婚家庭の子どもたちは共同親権を望んでいるのでしょうか。
配布資料1ですが、これは2024年3月29日、国会議員会館内で院内集会における子どもたちの声です。子どもたちの声をいくつか紹介します。
16歳。これ、僕たちにデメリットしかないのでは。何かにつけて両親の許可が必要って面倒なだけ。何か提出するのに期限に間に合わなかったら国は責任取れますか。 今は1人の親権者のサインでいいのに、共同親権になったら面倒だし、誰も得しないじゃないですか。
9歳。共同親権に反対です。お父さんとお母さんが離婚前の別居中に僕の手術が必要になった時、お父さんが嫌がらせでサインしてくれなかったと聞きました。病院にお願いしても両親のサインがないとダメだと言われて、数ヶ月手術が伸びたそうです。
16歳。離婚時に、兄の私立高校を辞めさせろと父から児童相談所に要請がありました。理由は養育費がかかるからだそうです。共同親権だったら今の高校も続けて通うことができるかわかりません。どうか助けてください。
子どもたちの声として、私の知る限りでは、進学や医療、転居で双方の合意が必要な共同親権を望むという声はありませんでした。
離婚家庭の子どもたちは、進学などで双方の許可があるという共同親権は望んでいないのではないでしょうか。
本法案に子どもの意見表明権や意思の尊重が含まれていないことも問題です。
資料2の英国イギリス司法省2020年文献レビューでは、子どもの声を聞くことは子どもの権利であり、 子どもにとって本質的な価値と利益であり、 法的な評価システムに子どもが参加することで、子どもの自尊心が高まり、子どもがエンパワメントされ、子どもが自分をコントロールできる感覚を持つことができ、逆境への対処力が高まると。子どもへの参加を認めることは子どもの重荷とは対立しない、子どもは決定権ではなく意見を尊重されることを求めていると記されています。
配布資料3です。私、球上は、面会交流をしていた子供、15歳から29歳、299人、していなかったことも子ども250人への調査をしました。子どもたちは、面会交流の有無に関わらず、子どもの意思が尊重されないと、辛さ、苦しさ、怒り、憎しみなど心理的負荷が多く回答され、書きたくない、思い出したくないという拒否的な記述も多く見られています。
子の意思の尊重は必須なのです。なぜなら、子どもたちのことを決める法案だからです。
次に、本法案では、家庭裁判所が単独親権とする条件として、DVやその恐れ、双方話し合いが困難である時としています。
家庭裁判所がDVやその恐れを判断できるのかという問題があります。
残念ながら、家庭裁判所はDVを完全には認定除外することはできていません。
資料4です。法制審第20回に提出された最高裁判所宛て、家庭裁判所の手続きを利用した人への調査結果です。 これは、家庭裁判所の手続きを利用した1147人の調査結果です。その一部を紹介します。
家裁の調査官によく話を聞いてもらったという声もある一方で、家庭裁判所の調停において、元配偶者はDVはしていないと言っているから、していないんでしょう。DVは2、3回だったんでしょう。 年に4回ほどの暴力は大したことではない、暴力は1回だからやり直してみたらと言われたり、面会交流との関係では、DVは子どもにはなかったから、養育費はしてほしければ面会交流しなさい、子どもは両親が好きなものと言われたという経験が記されています。
こうしたケースで、面会交流が家庭裁判所でDVが完全に除外させずに実施され、結果的に子どもが体調崩したり、オネショや自傷行為、夜驚などをするケースもあります。私の知るケースでは、 自分の存在に自信がなくなり、他人を信頼できず、他人と接するのがもう怖くなったという子どももいました。
このように、DVが除外できず家庭裁判所が決定すれば、子どもの心身に深刻な負の影響を及ぼすのです。
次に、DVが家庭裁判所で除外されず、4歳の子どもが命を落とした家庭裁判所伊丹支部のケース、 配布資料5、6の新聞記事です。
面会交流は、DVや子どもの虐待ケースについては面会交流しない、除外することになっていますが、このケースでは、同居親・母親は、物や家具を投げられたり、 部屋の壁に穴が開けられたり、夜中に叩き起こされ、お前が悪いからやと言われていました。こうした状況の写真を家庭裁判所で示しても、 元夫から「写真は合成」と言われて否定されていたそうです。
調停委員から「父母なんだから子どものことを考えたら連絡を取らないといけないのではないか」と言われ、それまで父母が直接連絡していませんでしたが、調停員に言われてそうしなければならないと思ったとLINEを交換し、翌日から長文のメッセージが毎日届き、元夫がいつ来るか気が気でない状態になり、調停後初めての面会交流の日に子どもが殺害された。
このように、家庭裁判所でDVを完全にしっかりと除外することができず、悲劇が起きている。しかし、まだその検証もなされていません。
家庭裁判所の実務では中立的な立場で双方の陳述を聞きますが、伊丹のケースのように、ほとんどのケースでは一方がDVを訴え、一方が否定します。
例えば、長時間説教されたとの主張に対して、じっくり話し合っただけだとか、投げ飛ばされたという人に対して興奮していたから止めようとしただけだなどと述べた。お互いの世界から見える景色が違う、これがDVのケースの特徴です。2つの世界があるので、家庭裁判所がDVを認定、除外するというのは非常に困難になります。
そして、DVを除外できず、子どもの命が犠牲になったり、子どもへの負の影響が出ることは、 日本だけでなく海外の家庭裁判所でも共通の課題となっております。
資料7は、米国センターフォージャジカエクセレンスの報告。
この資料は、子の監護紛争で子どもが亡くなった12ケースの分析ですが、こちらの5ページに、家庭裁判所がDVや子どもへの虐待のサインを軽視したというふうに記載されています。
資料8は、イギリスのウーマンズエイド2016年、 19人の子どもが裁判所のこの子の監護紛争で亡くなったケース分析ですが、同じく家庭裁判所がDVを除外せずに面会交流を決定したことと分析しており、これは世界的な課題でもあります。面会交流と親権は別問題ではありますけれども、こういった問題が起きないか懸念されるということです。
養育費についてです。
本法案では、法定養育費については、金額は明示されていませんが、定額というふうに見込まれています。 先取特権があると言いますが、そもそも差し押さえできる給与や財産がない人もいます。私は、家庭裁判所の調査官の在職時に養育費の履行勧告を担当していたことがありますけれども、 そもそも養育費を払いたくない人が多く、また決まっても履行しない、払わないなどと言い、その背景には元配偶者への感情的なもつれがあります。結果として子供が困窮します。
少年事件、これは養育費の支払いがなく、同居親、多くは母親が生活苦のために昼も夜も働いて、 結果的に子どもが放任されて非行に至るっていう、そういう少年事件も多いです。
海外では面会交流を促進すれば養育費の支払い率が高いと紹介されていますが、例えば米国では養育費の支払い率は約70パーセントとされていますが、その理由として、養育費を支払わないと、運転免許証やパスポートの停止などですね、そういった制度があるからであって、諸外国の養育費制度を考慮せず、面会交流の有無と養育費支払い率を関連付けることはできません。 海外で行われている養育費の建て替え徴収などの制度はなぜ取り入れられないのか。
同居親が別居の合意を得る制度としての共同親権だけだけが作られ、なぜ別居の養育費不払いはそのままなのか。非対称性が著しい、不平等性がある子ども及び、同居親は困窮のままになってしまうというふうに考えております。
共同監護についてです。
父母が互いにリスペクトし、子どもの意向を踏まえて協議できれば、子どもにとって双方から愛されていると感じ、子どもに好影響です。
しかし、父母が対立し話し合いができないケースで、家庭裁判所が共同での親権や共同監護を命じると、子どもは幸せになるんでしょうか。
また、スケジュール通りに子どもが父母間を行き来する共同監護計画は子どもの利益になるんでしょうか。
これについて、米国の離婚家庭の子どもを25年間、長期にわたって追跡したワラースタイン博士の古典的研究があります。
資料9のワラースタイン博士の「それでも僕らは生きていく」に、以下のように述べられています。
ポーラの父親は月に2度、 週末の金曜日の放課後から日曜日の6時まで子どもたちを扱うことになった。長い休暇は毎年変わり番こに過ごすことになった。 その後3年間、ポーラとジョーンは、まるでタイムカードを打つ工場労働者さながらに、このスケジュールを遵守させられた。ジョーンは、友人との付き合いや学校の活動が犠牲になることに苛立ちを感じ、父親と自分の生活に干渉してくる裁判所に激しい怒りを感じていた。姉のポーラは、いくつになったら父さんとの面会を拒絶できるの、と。だって、行かなくちゃいけないんですもの。馬鹿な判事がそう言ったのよ。月に2回と7月は丸1ヶ月よ。7月なんか大嫌い。最悪だわ。去年の7月はずっと泣き通しで、なんでこんな罰を受けるんだろうって考えたわ。私がどんな罪を犯したっていうの。
そしてワラースタイン博士は、 研究対象の離婚家庭出身の男女は1人残らず、自分たちの子どもに同じ経験をさせたくないと語っていました。
自分の子どもには2つの家を行き来させたいと言ったものはいませんでしたと指摘し、離婚していない家庭の友達が週末や休日の過ごし方を自分で決定できるのに比べ、否応なしに行くべき場所を決められ、存在を軽んじられるような気分になることだったと述べています。
子どもたちは安心した環境で育ち、子どもは自由に生きてよい、 同居親や、あるいは別居親との信頼、愛着関係の中で、子どもは、行きたい学校に行く、行きたい病院に行く、やりたいことをやりたいと、嫌なことを嫌だと言うことができ、子どもが会いたい時に会えることができ、会いたくない時や友達との都合を優先したい時にはそれが尊重される。
そのような子どもが安心して過ごせる環境整備が子の利益であります。
進学や医療で合意がもらえないかもしれない、家裁にその都度行かなければいけないかもしれないと、子どもを不安にさせたり諦めさせることがあってはならないのです。
これまで述べてきたように、非合意ケースにおいて対立する父母の下で意思決定ができないことが生じれば子どもの利益にはならず、家裁がDVを除外することは困難であることから、共同親権を導入するにしても、 子どもの意見を尊重することを前提に、父母が対等に合意したケースに限って認めるべきでしょう。
本法案は、以下の通り修正しなければ廃案にするべきと考えます。
非合意ケースは原則的に単独親権にする。子どもの意思の尊重を明記する。 共同親権の場合も、子どもの進学や医療のために別居親の合意を得る必要がないように監護者指定を必須にする。
これによって子どもが安心して生活でき、子の利益にかなうのではないでしょうか。法案が子どもを泣かせるようなことがあってはならないと考えます。
終わります。