米山隆一議員(立憲)2024年4月5日衆議院法務委員会
米山議員(立憲)が、杉田水脈議員(自民)のX(旧Twitter)への投稿等について質疑してくださったので書き起こしました。
米山議員
最初に、あまり言いたくもない話題なんですけれども、自由民主党の杉田水脈議員が今まさに我々が審議している民法改正案について、「この法改正の肝は、ある日家に帰ったら突然妻(夫)と子供がいなくなっていて、その後、いくら探しても会えない、養育費だけ取られるという事例が後を絶たないことからどうすればそれが防げるのか?というところにあります。この法改正で本当にそんな事例が無くなるのか?」
そこまでは、いいと思うんですよ。問題提起として。それは、どう考えるのも自由ですから。
でも、ここからが問題で、「私は無くならないと思います。無くすためにはそこに蠢く離婚で儲ける弁護士=左翼活動家をリストにして国民に知らしめるくらいやらないと! そして、法案を議論する有識者会議に極左活動家を入れているようでは絶対にダメです。公安の協力を得て、締め出せ!とこの2点、法務省に意見しました。これは法務省だけでなく、今回中国の資料を利用した委員がいた内閣府をはじめ全ての省庁に徹底してほしいです。」と。これ、X(旧Twitter)でおっしゃられたわけなんですよ。
自由民主党の議員ですからね。自由民主党の。しかも法務省に言ってるわけですから。それ、さすがにこれを捨ておいていいのかと。だって、こんなのだったら、私、明日から公安につけられちゃうかもしれませんよ。杉田さんが言ってね。米山なんて奴は、けしからん極左活動家だから、あいつちゃんと公安で国民に知らしめて、締め出せと言われちゃうかもしれないわけですよ。これは、いくらなんでもきちんと否定してもらいたいと思いますので、まず警察庁にお伺い致します。
そもそも公案警察って、国家体制を揺るがすようなこと、テロとかそういうことに対応する組織であって、法案の議論に何言ってるか、なんていうことを調べる機関じゃないですよね。改めて聞きますけれど。そして、何か都合の悪いことを言っている人を排除するような機関ではないですよね、ということを確認させていただきます。
警察庁長官官房審議官
警察は、警察法第二条により、公共の安全と秩序の維持に当たることをその責務としております。こうした責務の遂行に当たりましては、警察法第二条第二項にございます、不偏不党かつ公平中正を旨とし、いやしくも日本国憲法の保障する個人の権利及び自由の干渉にわたる等その権限を濫用することがあつてはならない、との規定に則って警察活動を行っているものでありますので、ご指摘のようなご懸念は当たらないものと考えております。
米山議員
はい、安心しました。
次に、これは法務大臣にも伺わせていただきたいと思いますが、この杉田議員が言っている有識者会議はどう考えても法制審議会の家族法制部会のことだと思うんですよ。私、極左活動家だろうが、極右活動家だろうが、別にそこでテロしたら困りますよ、それは当たり前ですけど。テロするんじゃなくて、別に言論で戦われるなら、それは誰がいたっていいじゃないですかと。それは、頼むのに適正がどうかは別として、だっているのは別に構うわけですよ、意見を言うのは。それはそうなんだけれども、それは、それとして法制審議会の家族法制部会の皆さん、極めて見識高い識者でございまして、排除しなければならないような方はいらっしゃらないというふうに考えておりますが、これもそういう御認識でよろしいですか。
小泉法務大臣
法制審議会の委員及び臨時委員は、学識経験のある者のうちから法務大臣が任命するものとされており、家族法制部会の委員についても、いずれもそのような方が任命されているものと認識しております。
個別の人事に関する事柄について答弁することは差し控えますが、一般論として申し上げれば、充実した調査審議のためには、各委員が様々な角度から忌憚のない意見を述べていただくことが重要であり、その意見の内容によって不利益な取扱いがされることは、考えがたいことでございます。
米山議員
はい、安心いたしました。これは当然だと思うんですけど。
今度はですね、また似たようなお話で恐縮なんですが、これは議論の中の一つだと思うんですが、私は午前中の三谷委員、谷川とむ委員の質問については、ちょっと違和感を感じざるを得ないということで、通告していないんですけれども、同内容の中で質問させていただきたいと思います。
まず最初、三谷議員の質問に対する答弁で、「連れ去りは親権の取得にとってマイナス」というご答弁がございました。極論的に言うなら、それはそれであると思うんですよ、それは。本当に何の、瑕疵もない、昨日まで仲良かったのに突然いなくなっちゃって、連れ去っていったっていうなら、それは問題あると思うんですけれども。
しかし、いやそうじゃないものってすごくいっぱいあると思うんです。だから単にこの言葉が独り歩きするのは、それは本当に今、離婚やDVで苦しんでいる方々にとって非常にマイナスだと思いますので、それを質問させていただきたいと思います。
で、そもそもなんですが、先ほど来ですね、特に自民党の委員の方々から「連れ去り」という言葉が非常にカジュアルに出されていることに、私は本当に違和感を感じております。しかもそれがDVだったら、それはしょうがないんだみたいな言い方をしますけど、しかしDVじゃなくたってそういう場面ってそれなりにありませんかと思うんです。
それがDVなのか、また仮にしているのが夫側だとして、している側がそれを認識しているかどうかともかくとして、されている側はここで仮に妻としますけれども、妻側は、DVとまで行くか行かないかわからないけど、当面夫の顔を見たくないと。だから家を出ていくって、それはあるわけですよ、別に。
ね、私本当に冗談を言いたいわけでもなんでもないんですけれども、うちの妻なんかね、これしょっちゅう家出するわけなんです、しかも愛が足りないみたいなそういう理由で家出するわけなんです。
うちは未成年の子どもはいませんから、妻一人で出てきますけれども、仮に未成年の子どもがいたらね、あの妻ですから、もう成人した子どもはいるんですよ、あの子どもに対する愛の深さを見るとね、間違いなく連れて行くだろうなと思うんです。
私それはあんまり特段、非がないと私は思っているんですけれども、でも、さらに世の中によくある話として、いやそれはね、ちょっと非のある夫がいると、ちょっと申し訳なかったってことをして、そして家に帰ったら、いやもう実家に行きましたって言って妻が書いて、で、しかも子どもも一緒に実家に連れて行った、なんていうのは、正直よくあることじゃないですか。妻の側だってそれは喧嘩して家出たいことだってあるでしょうと。で、家出るんだったら、その旦那さんがまさか全部できるわけではなし、そりゃ子供を連れて行くでしょうと。で、それをそこまで、連れ去りだの、未成年者略取誘拐だのっていうのは、それは違うと思うんですよ。
で、しかもまあ、最初はそんなつもりもなかった、ほとぼりを冷めるつもりだと思ったけれども、どんどんこじれていって実家に行ったまま離婚したっていう例だって、そりゃあると思うんです。で、それをそんなふうに悪く言うのって、その妻にとってみたら、じゃあもうずっと我慢しなきゃいけないのかと。いや、むしろそんなちょっと行った方がいいじゃないかと。行った結果ダメだときはダメだあるけれども、そりゃ冷却期間を置いたっていいじゃないかっていうことだってあると思うんですね。
ですので、もう一度お聞かせいただきたいんですけれども、竹内民事局長、「子の連れ去りは人格尊重義務に反し、親権取得についてマイナスになる」と、また「DVになることもある」とおっしゃられましたけれども、それはあくまで極端な例であって、例えば今ほど申しました、奥さんと喧嘩したり、片方の配偶者に一定の非があって、でもそんなひどいことをしようと思ったんじゃなくて、子どもを連れて実家に帰りました。そういうような世の中よくあるような事案は、人格尊重義務に反するとか、親権取得にマイナスになるとか、DVになるとかってことはないということを確認させていただきたいと思います。
法務省民事局長
午前中の私の答弁でございますが、まあ無断で子どもを転居させ、特段の理由なく別居心と一切交流させないというような場合は、個別の事情にもよるものの、これにより心身に有害な影響を及ぼしたものと認められるときには、DVに該当する可能性があり得、個別具体的な事情によっては、父母相互の人格尊重義務や協力義務に違反すると評価されることもあり得るという趣旨のものでございます。
このようなあくまでも個別具体的な事情の下で判断されるものであるため、委員ご指摘の今あげられたような、どのようなケースであれば、DVに当たるか否か、あるいはその父母相互の人格尊重義務や協力義務に違反すると評価されるか否かについて、一概に申し上げることはなかなか困難なところでございます。
米山議員
そういう答弁になるんだと思うんですけれども、何せ何でもかんでも「連れ去り」で、何でもかんでも「人格侵害だ」みたいなことをおっしゃるのは、余りにも現実離れしていると思うんですよ。
だいたいそんな人間同士いたら、仲良くしたくたって喧嘩しちゃうでしょ。喧嘩しちゃったら、たまにはぷいと出ていったりするでしょうということだと思います。
さらに、これやはり同じコンテクストで、今ほども言いましたけれども、「子の連れ去りDVはDVになり得る、略取誘拐になり得る」というご答弁がありましたが、これも今度は刑事局の方に、これも極端な例ということであって、何も今言ったみたいな実家に行きましたと、そういうようなことまでは入らないんだということを確認させていただきたいと思います。
法務省刑事局長
お尋ねは、谷川委員のご質問に対する、政務官の答弁に関するものだと思われますけれども、政務官の先ほどの答弁の趣旨は、親権者であっても、子を自己または第三者の事実的支配のもとにおく行為の対応等によっては、未成年者略取誘拐罪が成立する場合があり得るということを申し上げたものと承知しておりまして、委員ご指摘の事案におけるような、その犯罪の成否については恐縮ですが、捜査機関が収集した証拠に基づいて個別に判断されるべき事柄なので直接のお答えは差し控えさせていただきますけれども、先ほども申し上げましたように、これを極端な場合と表現するかは置くといたしまして、未成年者略取誘拐罪の構成要件に該当するには、略取または誘拐、その手段として略取または誘拐、一般的には暴行もしくは脅迫または欺罔もしくは誘惑を手段として用いることが必要であると解されているところでございます。
米山議員
これもそういう御答弁になるんだろうなと思いますけれども、そうなんだと思いますよ。だから略取誘拐ですから、暴行、脅迫、欺罔というのが必要であって、お母さんでなかったかどうかお父さんかわかりませんけれども、仮にお母さんとしてね、お母さんお父さんと喧嘩したのと、実家に行くからあなたついてくる?と言ってそれについてくるのは、そんなものを略取誘拐とかDVとかそんなことをいうものではないということは確認させていただきたいと思います。
これは大臣にお伺いしたいんですけれども、先ほど、これも最後私非常に違和感を感じたのはですね、共同親権こそが幸福な離婚、みたいなことを前提としたご質問があったんだと思うんですよ。なるべく幸福になれるように共同親権を、幸福な離婚をできるようにするための法律だ、みたいなことをおっしゃられていたかなと思うんです。
共同親権こそが幸福な離婚で、単独親権は不幸な離婚というような思い込みのもとにちょっと質問されたと思うんですけれども、私はそれ全然違うと思うんです。(そうだの声)
本当に人によって、それは確かに共同親権によってより幸福な離婚生活というのも何ですけれど、比較の上では共同親権がない場合よりも共同親権があった方が幸福になる離婚した夫婦というのはおられることは否定しないんですけれども、しかし共同親権よりは単独親権の方が幸福な生活を送れる離婚した夫婦、それは絶対いると思うんです。どっちかが前提なんてことはないと思うんですね。
さらにこの法制は、基本的にはこれは谷川委員の御意見に対する質問でもあるんですが、この法制は離婚後いかにうまくやるかというお話ですよね。その一部は離婚後にどう対処するかということですので、それは離婚というのは別に結婚に対して不幸ではないと思うんですよ。
別に結婚が幸福で離婚が不幸だと。さらに先ほど来ずっと言われている、両親が仲良くしているのが一番子どもの幸せというのも、それが幸せの一形態であることは認めますよ。それが一形態なのは間違いないけれども、そうでない幸せだってあるでしょうと思うんです。(そうだという声)
「お父さんとお母さんはもう別れたの。いいじゃない、私はあいつのことなんか憎いのよ。でも、それはそれ、これはこれ。俺はあなたを愛しているし、あの人はあの人で人間として立派だよ。」それだって別に幸福の一形態じゃないですか。(そうだの声)
だから何か政府が幸福の形態を決めて、離婚よりも結婚の方がいい、離婚なら単独親権より共同親権の方がいい、みたいなことは、私は非常に間違っていると思うし、この法制がそういうものであってはいけないと思うんですね。あくまでそれはどちらでも自由であり、結婚もするも離婚するも自由であり、そして単独親権も共同親権もそれは自由というよりは裁判所も、自分たちで決められなかったら、逆に決めるのは自由なわけですね。決めるときは自由だし、決められなかったら裁判所は決めるけれども、それもどっちがいいとかじゃなくて、どれが最適か、その当事者にとってどれが最適かということで決めるんだということを確認させていただきたいのですが、大臣のご答弁を伺います。
小泉法務大臣
ざっくり申し上げれば、そういうことになると思うんですよね。(会場笑い)それにつきます。余計なことを言わない方がここはいいと思います。ここでお気持ちを伝えて。
米山議員
それでは、お認めいただいたので、次の質問に移らせていただきたいと思います。
それでは、819条2項7項で共同親権を定めるときにお伺いしたいんですけれども、ちなみにこれは確認的にちょっと伺うんですが、共同親権を定めるときには監護者ってこれは裁判所は必ず定めるんですか。
法務省民事局長
監護者につきましては、民法第766条第1項第2項により、父母の協議または家庭裁判所の審判により定めることとされております。本改正案におきましては、父母双方が親権者となる場合について監護者を定めることを必須とはしておらず、裁判所が父母双方を親権者と定める場合についても監護者を必ず定めるものではありません。
米山議員
そうしますと必ず定めるものではない。
ご質問としては、必ず定めるものではない。そうすると、基本的にはそれはどっちも望まない、どっちもそれを求めていないときには定められない、ということでいいんですかね。どちらかは申し立たてたときだけ定められるということでいいんですか。
法務省民事局長
監護者は、まずは父母の協議により定めることとなりますが、父母間に意見対立があって協議が整わないときは家庭裁判所が父母の申し立てに基づき監護者を定めることになります。その際家庭裁判所は、子の利益を最も優先して考慮して監護者を指定すべきか否かを判断することとされております。
米山議員
つまりこれ、申し立てなければ特段それは決められない、監護者は定められないということかと思います。
またこれも確認的にお伺いしたいんですけれども、819条2項7項で母が単独親権、父も単独親権を主張して折り合いがつかない場合に裁判所に持ち込まれたという場合で、この場合、突然裁判所が共同親権を決定するということはあり得るんでしょうか。
これはつまり、父母それぞれの主張に一定程度拘束されるのか、それともそういうことは一切関係なく、父母双方はそれぞれが単独親権を求めているだけなのに、裁判所が突然共同親権だっていうことはあり得るんでしょうか。ご見解を伺います。
法務省民事局長
離婚後の親権者を父母双方とするか、その一方とするかにつきましては、個別具体的な事情に則して、子の利益の観点から最善の判断をすべきでありまして、本改正案もこのような考え方に沿ったものでございます。
その判断の際には、裁判所が各当事者の主張内容も考慮することとなると考えられますが、本改正案では、各当事者が単独親権を主張していることのみをもって、裁判所が父母双方を親権者とすることを一律に許さないこととはしておりません。もっとも、父母がいずれも単独親権とすることを強く主張する事案においては、その背景に配偶者間の感情的な問題に基づいて、親権の共同行使が困難な事情があるのではないかとも考えられます。本改正案によれば、このように配偶者間の感情的問題に基づいて、親権の共同行使が困難な場合には、事案によっては裁判所は必ず単独親権としなければならないことがあり得ると考えられます。
米山議員
法律のたてつけとしては、裁判所は全てを決められるんだけれども、しかし基本的にはかなり当事者間の意見に拘束されるんですよとおっしゃってくださったんだろうと思います。まあ、おっしゃったらと思いますね。
ただ、然は然り乍らですね、とはいえ、やっぱり最初の冒頭の前提であったように、これはやっぱり裁判所が自由に決められるわけですよ。そうすると裁判所は、先ほどの親権の訴えがなされたとき、①は母単独親権、②は父単独親権、③は共同親権でかつ監護者の定めなし、④は共同親権で母監護者、⑤は共同親権で父監護者、っていう5つの選択肢があるんですよね。この5つの選択肢の中から、子の利益のために一切の事情を考慮して決定しなければならないっていうのがこの法の立てつけなわけです。
これ、裁判官ってそんなスーパーマンですかと、いや、それはできるんだって言い張られたらそれは困りますけど、でもだって裁判官って別にそんな、人間そもそもそんな変わらないわけです。人間大体AとBの比較はできるけど、5つ比較されるとね、えってもう決められないっていう人は非常に多いし、なかなか大変だと思うんですよ。これ本当に、そんな裁判官そんなのをこう託されて、大丈夫なものですか。ご見解を伺います。
法務省民事局長
離婚後の親権者を父母双方とするか、その一方とするかや、監護者の定めをするか等につきましては、個別具体的な事情に即しまして、子の利益の観点から最善の判断をすべきものでありまして、本改正案もこのような考え方に沿ったものでございます。ご指摘の本改正案、民法第819条第7項では、裁判所が離婚後の親権者の定めをする場合に考慮すべき要素を明らかにしているところでございます。
この法案が成立した際には、裁判所において適切な審理が行われるよう対応されるものと承知をしており、法務省といたしましても、国会審議の中で明らかになった解釈等について裁判所と適切に共有することも含めまして、裁判所の取組に協力していきたいと考えております。こうした裁判所との連携を通じて、各裁判官が本改正案の趣旨に沿って適切な判断をすることが可能になると考えております。
米山議員
これは随所にちょっといい答弁も入っているんですが、この国会審議で明らかになった解釈も裁判所にちゃんと共有しますよと言っていただいたので、しかも最初の方の答弁で、結構当事者の意思を尊重しますというご答弁もあったので、それもきっと共有していただけるんだと思います。
そういういい答弁をいただいた上でまたご質問させていただきたいんですけど、然は然り乍ら、やっぱり今言ったとおり、これ5つも選択肢あって、しかも子の最善の利益のためにボンと決めろとか言われたら、それは普通に考えて非常に判断ばらつくと思うんですよ。
だって逆に裁判官の自由に決められるんだから、裁判官だって個性ありますから、しかもABどっちかぐらいのやつだったら、大体一定の判断に収束していくと思うんですけれども、5つも選択肢あったら、なかなかなかなかそんな、裁判官によって全然どこに落ちるか全然違いますみたいなことになって、結構申し立てる方も困るし、裁判官も困るし、一体全体日本の裁判はどうなってんだということになりかねないんだと思うんですよ。
一方で、それを防ぐために基準を作ろうとかって言って、裁判所の中でそういう基準を共有することはあり得るんでしょうけれども、それって裁判所に法を作らせてしまっているじゃないですか。おかしいですよね。法はこちらで立法するしかないわけなんです。
我々の主張としては、そこはもっとはっきりと、両親、さらに子どもの意思を尊重するという条文を入れればいいじゃないですかと。だって今ほど答弁もあったじゃないですか。そういう条文を入れて、別に双方は合意したらいいんですよ。両親、双方は合意したら共同親権にしたらいい。でも、何も合意しなければ共同親権はしてはいけないと書く必要もないのかもしれないんですけれども、ともかく合意したときにできる。もしくは合意しなければできない。そういった当事者の意思を尊重するという否定を入れた方がよっぽど正直じゃないですか。逆にそれをしないで、いつまでもバラバラとした状態にしておいたり、もしくは裁判所に委ねると言いながら結局、実は最高裁が立法しているなんて状態をつくるよりも、はるかにその方が自然だし、その方が皆納得いくんじゃないかと思うんですけれども、大臣のご所見を伺います。
小泉法務大臣
離婚後の親権者を父母双方とするか、その一方とするか、あるいは監護者の定めをするか等については、個別具体的な事情に即して、子の利益の観点から最善の判断をすべきである。本改正案はこのような考え方に沿ったものでございます。父母の協議が整わない理由には様々なものが考えられますので、合意がない、ということのみをもって父母双方を親権者とすることを一律に許さないというのは、かえって子の利益に反する結果となりかねないと判断しております。
そのため、本改正案では裁判所は父母の協議が整わない理由等の事情を考慮して、父母が共同して親権を行うことが困難であるか、等の観点を含め、親子、父母の関係その他一切の事情を考慮して、実質的、総合的に判断すべきものとしているところでございます。
一定の判断の蓄積というものが、自ずとできていくんだろうと思います。それによって運用することが立法だというご議論もありますけれども、それは現実に法律の運用を当てはめたときの様々な経験値として、大勢の方々が共有できるものが、私はできてくるというふうに思うんですね。
それまでの間、なるべく努力をしっかりとしていなきゃいけない、そういう点は確かにあろうと思いますけれども、その点をご理解いただきたいと思います。
米山議員
じゃあそこで蓄積していく過程において、一番穏当なやり方は、やっぱりそれは当事者の意思を尊重することだと思うんですよ。結局子の利益、最善の利益と言ったってわからないじゃないですか。
それであれば、基本的には、それはもう解釈論でいいですよ。今ほど言われた中に、当事者の意思というものは強く入っていると、強く入れるべきだと私は思うんですが、最後に大臣のご所見を伺います。
小泉法務大臣
それぞれの状況に適した選択をしていただく。その状況の中には当事者の意思は当然入っていると思います。要素としては入っていると思います。
米山議員
ありがとうございました。以上です。
書き起こしに際しては、PolityLinkさんを参考にさせていただきました。
ありがとうございました。
書き起こしは以上です。
誤字脱字がありましたらすみません。