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86.【体験談3-②】横浜駅で災害に見舞われて帰れなくなった時の話 〜第2話:横浜駅に舞い戻る〜


~前回のあらすじ~

​街灯のカバーが、雨水を含んでいて、
かなり重かったのか。まさかの近くにいた
男性付近に落下。


かなり大きな音を立てて、粉々にあたり一面に飛び散りました。
ほんの数10センチずれていたら、下にいた
男性に直撃していたことでしょう。

幸い怪我はなかったみたいです。

警察も来て、事故現場の事情聴取が始まりました。

本当に危ない。
まるで、ドラマのワンシーンを見るかのようでした。


ようやく地震が収まったようでしたが、
これから大きな縦揺れが続くかもしれないと
飲む雰囲気じゃなくなった僕と友人。

ただ、「地震」という共通の体験を通して、
道で聞いた男性と仲良くなりました。

道で聞いた男性は、施工管理職で31歳。
僕もリフォーム会社にいたこともあり、
割と歳も近く(今年30歳)、一緒にいた友人が、
まさかの同じ職業という奇跡。

せっかくのご縁ということもあり、仲良くなりました。

立ち話しをして、本来の目的である
飲み屋を横目に気づいたら、
22時半になっていました。

駅に帰ろうとすると、改札前に人だかりがある。
帰りの電車が地震の影響で見事に遅れているとのこと。

まさかの帰りのJR電車が全休しているとのこと。
まったくもって動いておらず、
電車の運行が遅れているとのこと。

ただ、そうとはいうものの、
「20分ぐらいになったら、電車もすぐ出てくるだろ」
という安直な考えを持って改札に入り、
京浜東北線に乗りこみました。

確か22:50の大宮行きの電車です。

待つこと、電車内で10分。
電車は、出ない。

もう少し待つこと、30分。
全く電車が動く様子はありません。

これは流石に時間が、かかりすぎています。

トータル90分以上、電車は動かないようでした。

このままだと終電を逃しそうになったので、
電車を降りることに。

階段を下りていき、階段近くを観ると、
まさかの帰宅難民がぱっと見ただけで、
30人ほどいました。

僕と、A太は、帰宅難民候補生になりました。


では、また次回👋

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