口永良部珍道中編①
4日目。
7時。
外で人の起きる気配。
二日酔いでぐわぐわの頭とがちがちの身体。
カーテンを開けると、空と朝顔の薄青。
今日はフェリーで口永良部島に渡る予定。
リビングに行くと、お母さんが朝食の支度をしてくれていた。
【食べたもの】
白ご飯、具沢山お味噌汁(筍、豆腐、わかめ、白葱、人参)、つゆだく納豆、卵焼き、焼き鮭、お漬物、冷凍ぽんかん
お味噌汁は麦味噌、甘くておいしい。
ふだんソイラテくらいしか朝ご飯を摂らないのに、旅先だとたくさん食べてしまう。
ぽんかんに添えられた爪ようじが、赤いギンガムの折り紙で折られたシャツにくるまれていた。
フェリーの時間が迫っているくせにぼんやりのんびり食べてしまう。
ばたばたで出発準備。
港に着くのと、乗船する(したい)フェリーのタラップが引き上げられてゆくのとが、同時だった。
慌てて車から降り、乗りまーす!と叫びながら走ってゆく友人。
乗船券の購入は任せ、荷物を運び込む。
宿のお母さんとは、ここで一旦お別れ。
何とか乗船を果たした私たちに向かって、大きく手を振るお母さん。
出航までまだ少しかかりそうであったので、「ここおったらお母さんずっと帰れんやん」と言いながら、こちらも手を振り続ける。
8時。フェリーが動き出す。
と、走るフェリーを追いかけて、走り出すお母さん!
某「あまちゃん」のテーマソングが流れ出すんじゃないかと思った。
いや、きっと流れていた。
思いがけないやら可愛らしいが過ぎるやらで、一同爆笑。
乗船客はあまりいない。
場所取りのち、船内の自動販売機でオレンジジュースを買い、二日酔いを労る。
少し甲板に出て、写真を撮る。
中へ戻り、備え付けの毛布をかぶって寝転がる。
船の揺れに身を任せ、眠りを食む。
1時間半ほどで、到着のアナウンスが流れる。
目覚めるとだいぶすっきり。
島の岩肌がすごいよ、と言われていたので甲板に出て眺める。
ごつごつと立派。
小さな赤い灯台の向こうに、火砕流の跡のようなものが見える。
旅に出る少し前に、噴火警戒レベルが3に引き上げられており、火口から2kmの範囲内は立入禁止になっていた。
9時半過ぎ、港に到着。
いざ、口永良部!
(あとから振り返った時に、1泊だったということがにわかには信じ難いほど、口永良部は、濃かった。島も人も出来事も。が、いかんせん、オフレコ事項多数のため、どこまで濃さを伝えられるかは、分からない。)
午前中は、地元のガイドの方が島を案内してくれる「里めぐり」を友人が予約してくれていた。(予約の電話を入れたのは昨晩の打ち上げ中であった)
ので、漁港からすぐの集合場所(観光案内所兼フェリー切符売り場兼役場出張所)へ。
お世話になるガイドの方(通称やぎじい)と奥さまにご挨拶して、他の参加者を待つ。
友人2人は、自動販売機(島で唯一の)に飲み物を買いに行くか何か、しに行く。
と、友人のスマホが鳴り始めた。
画面を見ると、「よっとまん」からの電話だった。
「よっとまん」とは友人行きつけの民宿で、今晩もそこを予約してくれていた。
が、この時点で私は「よっとまん」が宿の名なのか主の名なのかも、分かっていなかった。友人は見当たらない。
迷ったが、昨晩やはり打ち上げ中に「なかなか電話が繋がらない」と友人がぼやいていたのを思い出す。
思い切って「もしもし」と出ると、男性の声が「その辺に、○○いうやつ、おらんか」と言う。
私はもちろん○○を知らなかった。誰だ。(「よっとまん」は電話に出た見知らぬ女を、誰だ、とは思わなかったのだろうか)
よく聞いてみると、どうやらやはり今日宿泊予定の○○さんは、「よっとまん」へ向かうバスに乗り遅れたのだという。(しかしあとから考えてみると、島にはバスは走っていなかった。バスとは何だったのだろう)
連絡を取りたいが本人に電話をかけても出ない、探してくれ、と。
その場にいる人に「○○さんいませんか?」と聞くも、みな首を横に振る。
仕方がないので外に出て、「○○さーん!! ○○さん、いませんかー!!」と大声で叫ぶ。(周りの人はびっくりした様子で、苦笑いすらされていたと思う)
叫んだ甲斐なく、○○さんは見つからなかった。
いないようです、とよっとまんに伝えて電話を切る。
しかし、見つからなくて当然だったのだ。
よっとまんは探すべき相手の名前を間違えていたのだった。
そうこうするうち、里めぐりの参加者が揃う。
「自転車で島を一周する」という若者、関東から来られた先生ご夫婦(本当は「先生」ではないらしいがよっとまんはずっと「先生」と呼んでいた)、よっとまんに名前を間違えられていた鉄道好きの青年(急きょよっとまんに参加を命じられた)、私たち3人。
自転車boy以外は、全員今宵のよっとまんの宿泊客であった。
ガイドのやぎじい開口一番、「今日は急な参加者が多くて戸惑っております」を聞き、さもありなん、と頷く。
簡単な説明ののち、出発。(車か何かで回るのかと思っていたが、歩いて回るコースであった)
歩き始めてすぐ、島の有名人・通称ターザンさんに遭遇。
御年90超えとは思えない、ガタイの良さ。
真っ黒に日焼けした肌、少しも曲がっていない背筋。
今も海に潜って漁をしている、ターザン。
急に、友人がロックオンされ、女性の口説き方を伝授される。
そのあまりの目力に、友人の後ろに隠れる私。
4月とは思えない太陽が照りつける中、ゆるゆると島を歩く。
幕末、藩をあげてイギリスと密貿易。
2週間に1回だけ医師が来る診療所。
その翼を広げると1mにもなるというオオコウモリ。
島で生まれた新しい命。
風雨から家屋を守るために植えられたガジュマル。
育ち過ぎたガジュマルに破壊される家。
溶岩の流れた跡、飛んで来た溶岩が道に空けた穴ぼこ。
いつでも逃げられるよう、常に前向きで駐車される小学校の車。
その利益で多くの子どもたちを学校へ通わせることができた、島の特産物ガジュツ。
1時間半ほど歩き、里めぐりは終了。
港へ戻り、よっとまんへ移動することにになる。
先生ご夫婦、鉄道青年と共に。
この移動が、すごかった。
オフレコその壱で詳細は自粛も、この移動で我々宿泊客の間はぐっと縮まったのであった。
間違いない。
さあ出発、という段になってバタン、と車のドアが閉まった瞬間、車内に友人の絶叫が響き渡る。
すわ、何事か、とぎょっとしたが、閉まったドアに指を挟まれたのだった。
ものすごく痛そう(当たり前)だが、大事には至っていない様子。
が、この件で全員がある意味和んだ。(と思う)(友人にはわるいけれど)
道中、やぎじい(里めぐり)の話に出てきた、溶岩で空いた穴ぼこ衝撃に怯えつつ、どうにかこうにかよっとまん着。
「よっとまん」は結果、宿の名前(通称)でも主の名前(通称)でもあった。
他所さまの実家感に素敵に溢れに溢れている、よっとまん(宿)。
14時。
島に唯一ある商店が日曜で閉まっており、昼難民と化していた私たち。
よっとまん(主)がふりかけご飯を出してくれる。
お腹は空いていたが、夜のことを考えて控えめにしておくことにする。
腹ごしらえのあとは、よっとまんに借りた車で温泉巡り。
天気はいいし島は美しいし、縦走を終えた開放感も手伝って、終始歌いながらのご機嫌ドライブ。
最初に訪れたのは寝待温泉。
海にそびえ立つ巨大な岩がお出迎え、いつぞやの土砂災害で休業となった禁断の湯。
入湯は自己責任。
男湯と女湯の区別がない所謂混浴なので、先に入らせてもらう。
中は暗く、湯加減はそれほど熱くないが雰囲気満点、いいお湯。
それでも上がって着替えていると、汗が噴き出す。
友人たちと交代し、防波堤にて湯冷し。
お次は、潮の満ち引きで外湯と中湯の湯量が変わるという、西之湯へ。
寝待の汗がまだ引き切っていなかったので、ここでは足湯のみにする。
風呂好きの友人は外・中としっかり堪能していた。
一同、ディープ温泉2連続で満足。
さりとて、今帰ってもまだ夕飯には早いのではないか、むしろ帰りが遅くてもいい、みたいな雰囲気を感じた、と友人。
夕飯には、よっとまんが獲る伊勢海老が待っているはずであった。
まあじゃあ、高台にある神社にでも行ってみるか、という話になる。
ところが。
ここで事件は起こった。
神社の手前であるトラブルが発生(オフレコその弐)、立ち往生することになってしまう。
あまりの事態に、一同一旦、トラブルを放置することにする。
とりあえず神社〜、と現実逃避。
神社の方へ上がると、海へ向かって白い椅子が2脚並べてあった。
天気は崩れかけてきていたが、眺望良し。
周りに施された文様もかわいい。うん。
現実(車)に戻り、悪戦苦闘する友人たち。
私も及ばずながらさすがに手伝う。
試運転を経て、そろりそろりとどうにか(とすら言えたのかどうか)車を出す。
「我々、さっきまで歌とか歌ってたよね…ハハ」
「うん、でもさ、知ってるか知らないか、ってだけで、行きしなと条件は一緒だよ」
「そうだそうだ!」
「帰ったら、エビだ!」
慰め合いと鼓舞の、優しい車内。
6つの目で、溶岩穴ぼこを必死にチェックしながら、帰る。
緊張ドライブの果てに、無事よっとまんに帰り着く。
一同胸を撫で下ろす。
やはり夕飯はまだのようであったので、散歩に行くことにする。
近くにもやはり、温泉。
訳あって新旧二つの「湯向温泉」があり、新温泉は今しか入るチャンスがなさそうであったので、友人1人と私は、そのまま入って帰ることにする。
中はとてもきれい。とくにトイレ。
シャンプーとリンスもついていたので、洗髪もばっちり。
19時。
よっとまんに戻ると、先に帰ったはずの友人を除き、皆んな夕飯のテーブルについていた。
貝と亀の手づくし皿と当然三岳で、宴スタート。
亀の手は好きなのだけれど、剥いて食べなくてはならないので、手が汚れる。
何度も手を拭くのは効率がわるいので、亀の手を食べ切ってからでないと他のおかずが食べられない、と、必死に格闘。
と、友人から、「最初に全てむしっておいて後で食べたらいい」と教えてもらい、その手があったかと感心する。
もう1人の友人も、遅れてテーブルに着き、全員集合。
ややあって「…海老は?」と友人。
「海老? ないで」とよっとまん。
そう、海老はなかった。
けれど、何も見えなかった宮之浦岳同様、全くがっかりしたりはしなかった。
海老はたまたま、なかっただけ。
おいしいご飯、おいしいお酒。
濃くて愉快な主、宿泊客。
予想外の事件たち。
起こったこと、出会ったことが、全てで完璧なのだ。
【食べたもの】
缶ビール、焼酎各種、貝諸々(トコブシ、サザエのようなもの、その他)、亀の手、フライドポテト、筍とじゃがいもと豚肉の煮込み
どんどん出てくる貝と酒。
実は、最初のトコブシが大きくて、どれだけ噛んでも少しも小さくすることができないでいた。
他の誰もそんな様子はなかったので、ひっそりひたすら咀嚼に挑む。
が、30分が経っても口中トコブシでいっぱいで、会話に加わることもできない。
40分が経過しようという頃、観念して白状し、申し訳ないと思いながら諦める体たらく。
あごの弱さを指摘される。
追いトコブシが出た時はどきどきしたが、これは小さくて、私でもおいしくいただくことができた。たくさん食べる。
よっとまんの話。
噴火は怖くない、怖いのは台風。
島に1頭きりの牛。名前はなく、皆んなただ「牛」と呼ぶ。
(危うく私の名前をつけられるところだったが、平凡な名前だということで却下。よかった)
牛に出会ったらその辺の枝葉を切り取って、餌をあげている。
ひたすら、飲んで、食べて、笑う。
記憶にないが、後から写真を見ると、友人が鉄道青年の髪を引っ張っていた。(写真の中の青年はとても楽しそうであった)
何時までそうしていただろうか。
記憶にない。
どうやって眠ったのかも。
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