口永良部珍道中編②
5日目。
少し向こうから、かち、かち、と瀬戸物の触れ合う音。
そうだ、朝ご飯は7時、と昨日よっとまんが言っていた。
つまり今は、朝。
布団から這い出したものの、全く目が開かない。洗面所の鏡(なぜか食卓の横にある)をのぞく。
山を降りたら一応化粧をするつもりでメイク道具を持ってきていたが、結局一度もしていなかった。
動かない頭で、ご飯。
テレビで天気予報が雨を告げていた気がするが、よっとまんは「今日は晴れ」という。
魚の干物のようなものがおいしい。
皆は早や、食べ終わり始めている。
食べ終わったあとのお皿を見るのがすき。どの人のお皿もきれい。
手元に目をやると、パレットに落とした絵の具よろしく広がるソースと、目玉焼きの黄身。
そっとキャベツで寄せ集めて、すくう。
画面の向こうで、関根勤がラビット関根時代のことを話している。
【食べたもの】
白ご飯、味噌汁(お豆腐と葱)、目玉焼き(半熟)、千切りキャベツ、ウインナー、魚の干物、お漬物
雨。
空にある水つぼという水つぼごとぜんぶ、ひっくり返ったような、降り。
雨音以外、何も聞こえない。
今日は、どうするのだろう。
基本、毎日ノープラン。
朝ご飯の時に友人たちが何かそのことについて話していた気がするが、気がついた頃には話が終わっていた。(大体いつもそうであった)
荷物の整理をする。
何時なのか全く分からない。
部屋に5つほどある時計は、すべてばらばらの時刻をさしている。
静か。
いつしか、水つぼの水は空になったよう。
カーテンの向こうに、光。
ぷらぷら、元祖・湯向温泉へ。
湯の花、というものを初めて見た。
同じ源泉なのに、新・湯向とはまったく別のお湯だという気がする。
とろん、としていて好きなお湯。
11時半、よっとまん(宿)にお別れ。
よっとまん(主)はいない。宿泊代を受け取ってもいないのに、いない。
その辺にあった広告を破って、3人分のお代を包む。
港の方を目指し、ドライブ。
途中、車を停めて、溶岩穴ぼこの写真を撮る。
たくさん咲いていた山あじさいも、チャンス、と写真に収める。(ずっと撮りたいと眺めていたのだが、車が走り続けていたので撮れずにいた)
ようやく開いた島唯一の商店で、昼ご飯など調達。
ギョサンがたくさん売られていて、2足目を購入。
1足目(ビーチサンダル型)で足指の間が擦れ、痛みで履いていられなくなり、昨日から友人のクロックス型サンダルと交換してもらっていた。
つっかけ型を購入し、友人にサンダルを返す。
車に戻り、高台の番屋ヶ峰に行ってみることに。
友人が買っていたおさかなソーセージが食べたくなり、何本かセットだったので1本くらいよいだろう、ともらって食べる。
13時半、番屋ヶ峰着。
噴火の際の避難所となっているところを見る。
建物の外には、コの字型のシェルターのようなもの(島内の他の場所でもたびたび見かけた)、トイレ、ゴミ捨て場、焼却炉らしきもの。
辺りを散策。
気に入っていた細い筍が生えているのを見つける。
生でも食べることができる、と聞いた気がしたので、3本摘む。
眺望のよい場所をうろうろ探すが、見つからない。
諦めてその辺にレジャーシートを敷き(友人が)、お湯を沸かし(友人が)、お昼の支度。
その横で、私は筍の皮を剥く。
どこまで剥いたらいいのかよく分からない。
大半を剥いてしまった気がするが、残った柔らかそうなところを口に入れてみる。
えぐみはないが、おいしい、というわけではない。若い竹の香り。
友人たちにも配布。皆黙って食べていた。
皆、同じラーメンを買っていた。
おさかなソーセージが配布されたが、私の分はなかった。
30分前のめざとさと図々しさが少し悔やまれる。
【食べたもの】
おさかなソーセージ、九州とんこつ味焼豚ラーメン×3、サトウのごはん、その辺の筍×3
近くにヘリポートがあったので行ってみる。
見晴らしに驚き、ここでご飯にしたらよかったねえ、と言い合う。
屋久島行きのフェリーに乗るため、漁港に戻る。友人が3人分の乗船券を購入し、配給を受ける。
出航にはまだ時間があるので、ショーケースに少しお土産が並んでいるのを見るなど。
と、ショーケースの向こうに座っていた観光案内所のお兄さんに話しかけられる。
曰く、島に人を呼ぶヒントを探している、滞在中に何か気がついたことがあれば教えて欲しい、と。
自分はもう島に染まってしまって…と言うので、いつから来ているのか尋ねてみると「この4月から」とのお返事であった。
少し染まるのが速くはないですか、とツッコんでしまったが、以前から島にはたびたび訪れていたと聞き、(少し)納得。
友人たちが繰り出す的確な指摘とアドバイスに、お兄さんと一緒に感心しながら、気がついたこと、気がついたこと...と考えてみる。が、何一つ有用な発言はできなかった気がする。
お兄さんが「ここの人たちには観光地だという自覚がない」と言うので、笑った。
そうこうするうち、出航時間が近づく。
温泉、貝、鹿、よっとまんでご一緒した方々、島の皆様、お世話になりました。
牛、ヤギ、オオコウモリ、次は会えますように。
ありがとう、さようなら、口永良部。
よっとまん車を港に乗り捨て、荷物を降ろす。
乗船券を出しておこうと、肩から提げたショルダーを探る。
…あれ。ない。
全てのファスナーを開ける。全ての中身をその辺に出し、ショルダーを逆さまにしてぶんぶん振る。ザックとトートバッグのポケットも探る。
ない、ない、ない。
乗組員さんたちに「券は降りる時に見せたらいいから、とにかく荷物積んで」と急かされ笑われ(呆れられ)ながら、私は確信していた。
ここに乗船券はない。
すなわち私には乗船権が、ない。
どこにある? 観光案内所しか、ない。
出航数分前。
1人の友人が、見てくる!と言うが早いか、今しがた別れを告げたはずのよっとまん車に飛び乗り、観光案内所へ戻る。(私は車の免許を持っていない)
乗る権利のあやふやなまま、残った友人と荷物をフェリーへ運び込む。
程なくして、確認に戻った友人から「あった!」と連絡が入る。
安堵のため息と共に「よかった…」と大きめの声が出る。
件の券は、お土産のショーケースの辺りに置かれていた、とのことであった。
友人に平謝りする私。
しかし逆に「いや、こちらが券を渡すのが早過ぎたばっかりに」と謝らせてしまう。
晴れて確定した乗船権(券)をすぐさまショルダーにしまい込む。
今度こそ本当に、さらば、口永良部!
17時、再び屋久島に降り立つ。
行きと同様たっぷりフェリーで眠ったので、一日の始まりみたいに元気。
今日から2日間、一棟貸しの宿を借りてあり、今晩は自炊。
私たちの頭にはある共通の食材ひとつきりが浮かんでいた。
口永良部で食べ損ねた、エビである。
早速、島の魚屋に向かう。
奇しくも、この魚屋にエビを卸しているのは他ならぬよっとまん(主)なのだ、という。
もうそれは、よっとまん(宿)で海老を食べたも同然ではないか。
生け簀に鎮座ましましている、伊勢海老。
お刺身用にください、とお願いすると、網ですくって(ひとかたならぬ暴れ方であった)その場で捌いてくれる。
他、店員さんのおすすめ、ビジュアル、気分などからみつくろってお会計。
【買ったもの】
伊勢海老、有頭赤エビ、お刺身(イカ、カンパチ、首折れ鯖、〆鯖など)、月日貝、何かの貝を何かに漬け込んだもの、屋久とろ3パック、甘醤油
魚屋さんを後にし、昨日一度お別れしたお母さんのところへ、置かせてもらっていた山の荷物と靴を取りに行く。
「靴洗ったげよう思ってたんだけど洗う時間なくてごめんね」と迎えてくれた、優しいお母さん。
お土産までいただいて、記念撮影をしていよいよお別れ。
18時、お宿に到着。
和室が二間、台所にリビングに浴室、縁側とベランダ付き。
よい雰囲気ですぐに気に入る。
とりあえず荷物を運び入れ、買出しの続き。
4日分(×3人分)の洗濯物をコインランドリーにぶち込んでおいて、スーパーマーケットへ。
【買ったもの】
メロン、青ねぎ、きゅうり、ピーマン、キムチ、つゆだく納豆、よかたん豆腐(寄せ豆腐)、ぴーなつ豆腐、味噌、豚味噌、あおさ、海苔、地元産のたまご、鶏のたたき、鮭ハラス、マカロニサラダ、三岳たくさん、缶ビール1パック、ヨーグルッペ6本、カラムーチョ
買出しのあとは、尾之間温泉へ。
女湯は大賑わい、地元パワーに圧倒されながらひっそりと身体を洗う。
さて湯舟に浸かろうとひと足踏み入れ、声が出る。
熱い。ものすごく熱い。
いまだかつてこんな熱いお湯に浸かったことはなかったし、今からもはたして浸かり得るのだろうか。
4つくらいの男の子が、おばちゃんに脇下からぐっと両手を入れられ、ざんぶざんぶ、とお湯に浸けられては持ち上げられている。あまつさえ、数え唄まで歌っている。
こんな小さな子がケタケタ笑って入っているのだから…とまたそろそろと足を差し入れてみては引っ込め、を繰り返すことしばらく、意を決して両足を浸ける。
が、それ以上はとても無理。
やむなく膝下を少し遊ばせ、足湯のみにして上がる。
数え唄の男の子が、脱衣場の柱という柱を道路に、パトカーを走らせていた。
待合へ出ると、先にあがっていた友人がヨーグルッペを手渡してくれた。
風呂上りグルッペ。
聞けば二人ともあの湯へ平気で浸かった、というから、いったいどのように体のつくりがちがうか、と思う。
まあ、浸かっていない人は私をおいて他には、見当たらなかったのだが。
気づけば早や20時近く。
1人がコインランドリーに洗濯物を回収しに行き、私ともう1人の友人は先に帰ってご飯の支度をすることに。
食材を冷蔵庫にしまい、お米を量って研ぐ。ピーマンをカットして氷水に漬ける。まな板に伊勢海老を横たえる。
山でたっぷり友人らの世話になりほぼ(全くと言うべきであろうが)何もしていなかった私は、今こそ何かしなければ、という強い思いに駆られていた。
が、生まれてこの方伊勢海老など扱ったことがないので、友人に相談。
しかし、二言三言助言をもらい、私は悟った。
この場の取り仕切りは彼に一任し、私はサブに徹するのが正解である、と。
以降、友人の指示のまま、何かしらを洗って拭く、刺身を盛り付ける、何かしらの補助、出来上がったものをテーブルへ運ぶ、などに勤しむ。
22時前、ついに晩ご飯が完成。
おあずけを喰らったことで火をつけられた我らのエビ祭が、幕を開けた。
「うんま…!」「んー!」「うまっ」
ひたすら箸を口に運ぶ。至福。
止まらない三岳。
【食べたもの】
お刺身(伊勢海老、イカ、カンパチ、首折れ鯖、〆鯖など)、有頭赤エビ焼き、月日貝焼き、鶏のたたき、汁漬けの貝、キムチ、冷奴、ぴーなつ豆腐、パリパリピーマン、もろきゅう、伊勢海老の味噌汁、ご飯、缶ビール、三岳
エビ欲が満たされ、テレビを見ながらだらだらと呑む。
ボードいっぱいに漢字がびっしり並び、1番目、2番目、3番目に目に入った熟語は何か?
という心理テストをやっていた。
最初に見つけた単語は「最高」であった。
たしか、あなたにとって大事なもの、とか何かであったと思う。
時間が足りなくて一つしか見つけられなかった、とその場では言ったが、本当は見つけていた。
が、2番目に見つけた単語があまりに言うに憚られる語であったので、見つけられなかったことにした。
(3番目はとくに憚られる語ではなかったが、2番目を見つけていないのに3番目を見つけていよう筈がないので、黙っていた。)
ちなみに、2番目はあなただけの個性、3番目はあなたを揺るがすもの、とかだった気がする。
明日は晴れだなー、海だなー、と言い合う。
フルーツがたくさんあるところに行こうか、という話も出て、フルーツ好きな私はわくわくする。(他の2人は行ったことがあるかと思ったので、行きたいことは伝えていなかった)
朝方4時くらいまで呑んでいただろうか。
眠る頃には、空が白みかけていたような、気がする。
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