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母の初盆と私の記憶◇追懐①

2021年8月12日
昨年9月に逝去した実母の初盆法要だったので仕事は今日から盆休みを取っている。
前日から祭壇の準備をしていたのだが回転灯の組み立て書がその役割を全く果たしていないことが何だか可笑しくて、独り言を言いながら2対の回転灯を組み立てた。
今回初めて盆提灯の回転灯を購入したのだけれど、電球の熱を利用して円状のフィルムが回転すると言う仕組みになっていて小学校の頃の理科の授業を思い出した。
組み立ては大して難しくないが『できるよね?』と言わんばかりのスパルタ組み立て書でも、組み立てる順番くらい指示があってもいい。

初盆法要はこんなご時世なので自宅で少人数にて厳かに執り行われた。
母が溺愛していた家猫もすました顔で法要に加わっていたので、その辺りをふわふわしながら母も喜んでいたのではないだろうか。
相変わらず家猫は母の部屋で気ままに昼寝をして、母の仏壇を向いて座り会話をしているように長居して、生前の母とそうしていたように窓辺で外を眺めている。
私には見えたり感じたりできないものが家猫の目に映っているのだとしたら羨ましく思う。


母を見送って間もなく一年が経つ。
早かったと言えばそうだし、時が止まったままだと言えばそれも当てはまる。
母を思い出さない日はなかったし、後悔も尽きなかった。
何もしてあげられなかったがただひとつ、母を見送れたことだけは良かったと思っている。

この一年、繰り返し何度も思い出していた心の記憶がある。
私がSLE(全身性エリテマトーデス)だと診断されて初めて大学病院に入院した時に担当してくれていた看護師さんとの会話から始まる。
口数の少ない私にその看護師さんは『何か心配なこととか、不安なことはない?』と何度も何度も声をかけてくれた。
入院が長引いて3ヶ月程経っていたので学校のことや友達のことで困っていないかを気にかけてくれたのだと思う。
当時15歳の子供だったけれど正直、学校行事に参加できないことも、友達との思い出に自分が欠けていることも、仕方がないと折り合いが付いていた。
可愛げがないと言えばそうだが、そんな思考になってしまうような出来事が多かったのでこれはこれで仕方がないと思っている。
その看護師さんの優しい問いに毎回『大丈夫です』と答えてばかりの私だったけれど本当は教えて貰いたいことがあった。
聞いてもいいのか躊躇われて何度も飲み込んだ質問だったが、検査結果が良くない日が続いたある日、その看護師さんに尋ねてみた。

『私は母より長生きできますか』

自分が病気だと診断されてからずっと思っていたことだった。
その頃、母はまだ脊髄小脳変性症だとわからなかったけれど私が物心ついた頃から周りの友達の母親と様子が違うことは理解していて、母のことを守るのは自分しかいないと思っていたから母より先に居なくなるわけにはいかなかった。
不自由そうに歩く母が働かなくてもいいように自分が早く大人になって働きたかった。
勉強は入院していてもできるし、自分の努力でどうにかなることはどうにでもするけれど、病気のことは努力では太刀打ちできない。
母より長生きできるかだけが気掛かりであることを話した。

看護師さんがとても驚いた顔をしていたのをよく覚えている。
長い沈黙のあと『そんなことを考えてるって気が付きもしなくてごめんね』と涙目で言われたけれど、その様子を見てやっぱり聞かなければ良かったと後悔した。
こんな質問、誰だって答えられないとわかっていた。答えなどあるはずない。
誰かを困らせたかったわけでも、誰かに謝ってもらいたかったわけでもない。
丈夫に産んであげられなくてごめんねと謝る母には聞けなかったから、大人の誰かに大丈夫だと言ってもらいたくて聞いてみたかったのだ。
だから申し訳ない事をしたと後悔した。今でもそう思う。

この一連のやり取りと当時考えていたことを何度も思い出す日々だったからここに書き留めておきたかった。

今朝、祭壇に供物を並べながらそんないろんなことを取り留めもなく思い出して遺影の母をじっと見る。
元気な頃の母が可愛らしく笑っている。私が好きだった母の笑顔だ。
最期まで笑っていて欲しくて末期の膵臓癌であることをぼかしていたけれど、それが正しかったのかと今も考える。
自分の時間が残っていないともっとはっきりわかっていたら母も何かしておきたいこと、言っておきたいことがあったかもしれない。
こうした後悔もいつか折り合う時がくるのか、もう少し時間が経ってみないとわからない。

母を見送れて良かった。
それだけは守れてよかったと思う。

何としても母より長生きする。
そう思って過ごしてきた。

失くした後、こんな後悔や悔しさを抱えるのなら見送って泣くのが私で良かった。
心からそう思う。

あれほど苦悩していた当時の私に教えてあげたい。
大丈夫だと言ってあげたい。