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柊 南天
2022年8月14日 18:50
母を迎える二度目のお盆二年経ったのかとうろたえもするが、過ぎ去る日々の速さに紛れてやり残した後悔や謝罪の念が消え去ることも淋しい記憶が薄まることもないあのまま止まっているわけではないけれどそれでも母が笑顔でいてくれるように心配かけないようにちゃんと日々を歩まねばと思うやたらと疲れることが多いこちらの世界とは違って母が居るところはきっと穏やかだろうから居心地のいい場
2022年4月7日 18:25
母が居なくなって二度目の春。4月生まれの母は、その季節がとても良く似合う柔和で朗らかな人だった。神経難病を患っていたため生まれつき不自由な身体で我慢することも、苦労することも多かった母は、最期は膵臓癌であっという間に他界した。2020年4月下旬に末期の膵臓癌だと診断を受けて、たった4ヶ月程の時間しか残されていなくて、何もしてやれない私など、本当に役立たずだった。「また来年見ようね」2
2022年1月29日 21:30
コロナ第6波の影響で医療機関への訪問作業を自粛し、打合せはオンラインに切替えたため、ここの数日は溜め込んでいた自社の事務作業をしている。ぼんやりと考え事をしながら領収書の整理をする。先月分の書類などを片付けていると、やたらと多忙だった先月のことが頭に浮かぶ。忙しすぎていろんなことがあったな。。。パソコンの前に座って開発画面しか見ていない日々で、運動量なんてほぼゼロに等しかったのに体
2021年10月30日 18:19
金木犀が香る時期になった。我が家の近所には大きな金木犀の木がいくつもあるので、窓を開けていると家中にその香りが届く。亡き母が好きだった香りだ。毎年楽しみにしていたので何か特別な思い出があったのかもしれない。今年の春に閉館した商業施設の駐車場にも金木犀が植栽されていて、先日その駐車場を利用した時に香りを辿ってうろついて背の低い金木犀を見つけた。(近隣の本屋や調剤薬局、クリーニング店に駐
2021年9月8日 20:00
私は母ひとり子ひとりの母子家庭で育った。父親には一度も会ったことがないので顔も知らない。そのことを不幸だと思ったことはなくて、居ないものをねだるような子供ではなかった(そんな頃から冷ややかな性格だったのかもしれない)。母と私は親子であって親友でもあって、私が大人になるにつれて少し頼りない母は時々、妹のような存在でもあった。子供の頃は母方の祖父母と4人暮らしで、祖父は父親代わりをしてくれていた
2021年5月17日 16:40
昨年9月。実母の葬儀の折、祭壇に供えた胡蝶蘭は自宅で大事に世話をした甲斐あって全ての花が散ったのは今年に入ってからなので随分長く一緒に過ごした。愛着もあって花が過ぎてからも粗末に扱う気になれず、その後の管理方法をネットで調べて教えを乞う。ググると大抵の困り事は解決するから便利な世の中だ。胡蝶蘭のプロの教え通りに枝の処理をしてみたが『…と言う管理をすると芽が出ることもあります』と言う書き方
2021年4月19日 19:48
今朝方、夢を見た。これまで見ることがなかったのに、昨年亡くなった母が夢に出てきた。母は楽しそうに留め袖の話をしていて、私はその話に相槌を打ちながら聞いていると言う夢。目が覚めてからも母の楽し気な声の余韻が残っていた。今日は母の誕生日なのだ。ケーキが食べたくて夢にでてきたのだろうか。ちょっと母らしい。だからと言う訳ではないけれど、例年通り母にケーキを買って帰った。昨年の誕生日に古希