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【小説】どんぐりの帽子

森の中をずんずんと歩いていました。
さっきまでは重い石がお腹のなかにずっしりとあるような固くてどんよりした気分でしたが、その石が少しずつ軽くなるにつれ、今度はふつふつと怒りが湧いてきたのです。

まるで背中からギザギザしたものが生えてきたように、むしゃくしゃしながら草や小枝を全部踏み潰さんばかりの勢いで歩いていました。


じゃばっ!だっぷーん!

ひゃわっ!


さいあくです。
大きな水たまりに浸かった右足。
夕陽をキラキラと飲み込みながら髪の先から滴る泥水。


ん?いま、誰かの声がしましたか?
「ひゃわっ!」って。


辺りを見回しても、遠くで鳥がぴゅぃーと鳴いているだけです。


足元の水たまりの周りには、秋に落ちたどんぐりたちがくたびれたように帽子を脱いで転がっています。

指に描いた顔にどんぐりの帽子を被せて遊んでいたな、と思い出しながらどんぐりの帽子を拾ってみると、その中にひとつ、毛糸で出来た帽子が混ざっていました。

形も色も、どんぐりの帽子とそっくりですが、
毛糸で出来ています。
小さな小さな編み目までがざらざらとした質感とよく似ています。


・・・・・・・あの、それは、あの、、、わたくしの、でございます。


そよ風のような小さな小さな声が聞こえました。


落ち葉とどんぐりの陰から、すこしボサボサの茶色い巻き毛を恥ずかしそうに撫でつけながら小指ほどのサイズのこびとが出てきました。



あのぅ、私、ちょうどお迎えに上がるところだったのですが、ちょうど、その、出ようとしましたところに、あの、だっぷーんと、それで、その、こう、宙をくるりくるりと、舞ってしまったのであります、はい。
それで、その、よろしければ、ぜひ、どうぞ。


やけに恐縮しながらこびとは言いました。


えっと、「どうぞ」って何のこと?
「お迎えに」って、わたしを、なのかな?

毛糸の帽子を渡しながら聞くと、こびとは嬉しそうに帽子を被り、ぴょんぴょん飛び跳ねながら言いました。


はいっ!
こちらでございます!
ささ、どうぞ、どうぞ。


大きな水たまりの上を踊るように案内するこびとについてちょうど水たまりの真ん中まで進みました。


ちゅるんっ


ゼリーのような滑り台をちゅるちゅると降りていきます。


わあぁぁぁぁぁ
み、水たまりに落っこちた!
いやいや、水たまりってこんなに深くないでしょう!わあぁぁぁぁぁぁ


気がつくと大きな洞窟の中にいるようです。
遠く高い天井にはゆらゆらとゆらめく穴が開いており、そこから光が洞窟いっぱいに差し込んでいるようでした。あれが、さっきの水たまりなのでしょうか。

洞窟の中央、ちょうど水たまりの真下には大きな大きな虹色に輝く蕾があり、その周りを数えきれないくらいのこびとが囲んでいました。


ようこそ、おいでくださいました!
我々は、あなたさまの日頃のご協力に感謝してもしきれず、この開花の素晴らしき瞬間に是非お立ち会いいただきたいと、特別にご招待させていただきました!


少しでっぷりとした黒髪のこびとがにこにこと言いました。ほんのり赤いほっぺもつやつやとして誇らしげです。


あの、これは何の蕾なんでしょうか?
それに、日頃の感謝って、何も身に覚えがないんですけどね、誰かと間違えてませんか?


いえいえ!間違いなどではございません!
これは、「あかりの花」の蕾です。
この花は人々の愛で出来る「ひかり」を栄養として育ちます。
我々は、日々さまざまな所で「ひかり」を集めてきては、この花に与えています。
これがまた、大変な作業です。近頃は、なかなか「ひかり」が見つかりにくいものですから。

ところが、あなたさまを見つけてからは我々の作業はぐんとはかどるようになりました。

我々は、あなたをしっかりとマークして、こんなにも早い期間でこの花を育て上げることができたのです!

ありがとうございます!


いやいやいやいや、だから、そんなの身に覚えがないですってば。


そんなはずはありません。
あなたがぐちゃぐちゃになっている玄関の靴をきれいに整えた指先から、
やさしく撫でた子犬の毛先から、
夕陽をじっと眺めてほろりと滲んだ涙から、
花にあげた水の雫から、
我々はたくさんの、そりゃあもうたくさんの「ひかり」を集めさせていただきました。



そんなの、誰の役にも立っていないじゃないですか。全部、私がしたくてやっただけのことじゃないですか。



そうなんです。それこそが、この花を育てる栄養になるんです。
誰かや何かの役に立つから、とか、こうすれば良い展開になるからとか、そういった「利益」を求める愛は残念ながら栄養としては不十分なのです。

あなたが、ただ心地よいと感じることをした。
そうすると「ひかり」が灯るのです。
小さくても力強い、あたたかな「ひかり」です。

我々は、その「ひかり」を集めてこの花を育てています。
さあ、もうすぐ花が咲きますよ。
あなたさまと、この花が開く瞬間に立ち会えるなんて、なんと喜ばしく、素晴らしいことでしょう!



大きな大きな蕾がじわっと開き始めました。
ゆっくりと、柔らかそうな虹色の花びらが開いていきます。

中からは眩いばかりの虹色の光がぶぅわあぁあぁっと辺り一面に広がります。


すっかり開いた大きな虹色の花の中には、
無数の小さな光で出来たたんぽぽの綿毛のようなものがあります。


どこからか春の匂いがする風がふんわりと吹いてきました。


さあっ!いよいよでございますよっ!



大きく開いた花から小さな光の粒々が風に乗ってぶわぁあっ!と舞い上がりました。

小さな小さな光の粒は綿毛のようにふわりふわりと飛んでゆき、天井の水たまりから外へ出て、また風にのって遠くまでふわりふわりと飛んでいきました。


あの、飛んでいったのは種なんですか?


遠くまで泳いでいく光の粒をぼんやりと見上げながらこびとに聞くと、


いいえ、あれは、「あかり」です。

暗い帰り道、遠くからでも家に明かりがついているのを見たときにほわっと胸の中が温かくなることがございませんか?
あれが、「あかり」でございます。

赤ちゃんの笑顔を見たとき、
道端で花が咲いているのを見つけたとき、
ショーケースの中に美味しそうなチョコレートケーキを見つけたとき、
あたたかい温泉に浸かったとき、
身体ではなく、心を温めるのが「あかり」です。

種は、ああ、もう芽が出ていますね。
ほら、ここに。


見ると、さっきまで大きな花が咲いていた場所には降り落ちた虹色の花びらの布団にくるまった小さな小さな芽が出ていました。




帰り道、辺りはもう薄暗くなっていました。
遠くに家の明かりが見えます。
胸の中がほわっと温かくなるのがわかりました。


あ、「あかり」だ。







「ただいまー」

「おかえりなさい。随分遅かったですね。」

「うん、今日は、こびとにご招待されたから。」

「・・・・・・おばあちゃん。もうボケちゃったの?やだわ・・・あらっ!靴がびしょぬれじゃないですか!もう!」




びしょびしょになった自分の靴、
片方だけ倒れたハイヒール、
家の中に向かって脱いだままの革靴、
ひっくり返った孫たちのスニーカー、

ゆっくりと、丁寧に整えて、


玄関の飾り棚の隅っこに
どんぐりの帽子をそっと置きました。



〈2,856文字〉






※このお話は、ピリカさんの『冬ピリカグランプリ』に参加してみたくて書き始めたのですが、

なにぶん初心者であるため文字数制限内に収まらなかったため、応募は出来ませんが、

初めての【小説】として送り出そうと思います。


チャレンジのきっかけをくださった
ピリカグランプリ関係者のみなさま、
ありがとうございます。


冬ピリカグランプリ、
一読者として楽しみにしております。



初めて小説を書いてみて、
なんかこう、書くことが楽しかったです。




なんてね。


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