【小説】蝶はちいさきかぜをうむ その2
白、黄色、うす紫、ピンク…
少女は鼻歌を唄いながら野の花を摘んでいます。
今日はおばあちゃんに会える日。
あ、この花の色、おばあちゃんの瞳みたい。
街のはずれにある療養所には、
たくさんの人がいます。
すぐに良くなって帰る人もいれば、
長い間療養している人もいます。
洗い屋の少女は療養所で大量のシーツを洗います。背丈よりも高く積まれたシーツを両手で抱えて3往復。
昨日、間欠泉が噴きあがったからあと3日は風が吹くはずです。
今のうちにたっぷり洗っておこうと、山のように積まれたシーツを洗っていきます。
じゃぶじゃぶじゃぶじゃぶ
ふんふんふんふん
鼻歌をうたいながら洗います。
小さなお嬢さんがいつの間にか横にちょこんと座って一緒になって鼻歌をうたいます。
ふんふんふんふん
お嬢さんが持っていたウサギのぬいぐるみも一緒に洗います。
ふんふんふんふん
じゃぶじゃぶじゃぶじゃぶ
たくさんのシーツは次から次へと干されていき、サラサラとゆれています。
ウサギさんもぽたぽたと雫を落としながらゆらゆらと踊るようにぶら下がっています。
シーツを洗い終わると、少女はウサギさんを見上げて一緒にゆらゆら揺れているお嬢さんの頭をなで、摘んできた野の花束を大事そうに拾い上げて走り出しました。
「おばあちゃーん!」
療養所の端っこの森を抜けた先、
開けた野原のベンチにおばあさんはにこにこと座っています。
手には、やはり野の花束を握りしめて。
おばあさんはもう何年もこの療養所にいるようです。
どこから来たのかわかりませんが、言葉が通じません。
それで、いつもひとりでいるようでした。
ある時、おばあさんが落としたハンカチを拾った少女はそれを綺麗に洗って届けました。
見たこともない綺麗な金色の糸で野花の刺繍がしてあるハンカチ。
おばあさんはたいそう喜んで
*△○、“#□□!
と言いましたが、なんて言ってるのかわかりません。
「えっと、あの……」
戸惑っている少女におばあさんは少しさみしそうに笑いましたが、両手で少女の肩をぽんぽんと叩きにっこりと笑ってベンチに座らせました。
そうして、野の花を集めた花束を作って少女にくれたのでした。
よく晴れた風が吹く日に干した枕カバーのような少し甘い香りがしました。
それ以来、療養所に行くときは少女も野の花で花束を作り、おばあさんに会いに行くようになりました。
言葉を交わすわけでもなく、となりに座って
風に揺れた枝が鳴らす
とぅんとぅくこんかっこここここ
というリズムやそれに合わせて鳴く鳥の歌を聴いたり、
ぽたぱちゃぱったんと雨に合わせて踊る野花を見たり、
ただ一緒に過ごすだけで二人は互いが友人だとわかっていました。
療養所の端っこの森を抜けたところの開けた野原からは、崖の向こうの広い広い草原や
草原の丘の上にあるお機械さまがかすかに見えます。
おばあさんはこの広い横長の景色が見渡せるベンチがお気に入りのようでした。
おばあさんは、とても元気に見えましたので、
少女はおばあさんのどこが悪くてこんなにもずっと長い間療養所にいるのかわかりませんでした。
もしかしたら、帰る家がないのかもしれないとも思いましたが、誰もおばあさんの話す言葉がわからなかったので、どうすることもできません。
いつもにこにこしているおばあさんでしたが、
風のない日はぽろぽろと泣くことがありました。
じっと草原の丘の上のお機械さまを見て
ぽろぽろぽろぽろ泣くのでした。
作 なんてね
ちょっぴりあんこぼーろ