【小説】蝶はちいさきかぜをうむ その11
ちくちくちくちくちくちくちくちく
おばあさんは猛烈な勢いでシーツを縫い合わせていきます。
木樹土竜によって穴の開いた部分は避けて切り裂いたシーツをつなぎ合わせて大きな大きな翼を作っていきます。
森で集めてきた鯨骨樹の枝は、中が空洞になっていてとても軽いのによくしなり、これなら強い風を受けても折れる心配がなさそうです。
洗い屋の少女は、工場でもらってきた板をきれいに洗いました。
きれいにきれいに洗ったので板はツルツルのすべすべになり、立てかけておかないと草原をするすると滑っていってしまうほどです。
風飼いの少年は、崖を覗き込み、指笛を吹いて風を呼びます。
どおぉぉん
遠くで間欠泉が噴き上がる音が聞こえます。
「この、間欠泉が問題だよなぁ。」
少年はソワソワと集まって来た風たちを撫でながら考え込みます。
「ねえ、風はどう?間欠泉も上がってるし、この風なら乗れそうかしら?」
「うーん。なんとか…いや、ダメだなぁ。ここの風たちはちっとも元気がないや。なんだかうす汚れてるからかなぁ?
それに、間欠泉が問題だよ。いつ、どこで噴き上がるのかわかんないもん。」
「そうね…。
そうだ!気球商団みたいに、間欠泉が届かないくらい高く飛ぶのは…ムリかぁ、やっぱり。」
風ソリは草原を滑って加速して飛び立つので、間欠泉が届かないほどの上空まで上がるのは難しそうです。
またもや、少年と少女は頭を抱えてむーん、むーんと言いながら草の上をゴロゴロと転がります。
どんっ すってん
「ぅわあっ!」
「あ、あ、ご、ごめんなさい!」
「いやいや、大丈夫だよ。」
ゴロゴロと転がっていた少年はいつの間にか草原に立っていた青年の足元に後ろからぶつかってしまい、転ばせてしまったのでした。
眼鏡をかけた身なりのパリッとした巻髪の青年は頭についた草を払いながら、あははと笑いました。
「きみたち、なんかおもしろそうなことしてるなぁって。あそこから見えてさ。気になったから見に来たんだ。」
そう言って青年は時計塔を指差しました。
「もしかして、風に乗る乗り物を作ってるの?」
「そ、そうなんです。じつは…」
少年と少女はお機械さま草原にいるおじいさんのこと、そこに帰りたがっているおばあさんのことなど、これまでのことを話しました。
「なるほどねぇ。間欠泉か。」
青年はとても興味深そうにふたりの話を聞き、
何か考えているようです。
「これは、きっと、僕の宝物が役に立ちそうだね。さあ、ついておいで!」
青年はにやりと笑うと、くるりと踵をかえして森の奥へスタスタと入っていきます。
そうして、呆然としている3人に気がつくと、
「さあ!こっちだよ!さあ!」
と大きな声で手招きしました。
療養所と草原の間に広がる横長の森。
その森を横方向へ青年はずんずん歩いて行きます。
慌てて追いかけた3人は、森の中に細い小道があることに気がつきました。
どうやら青年の目指す先は、この小道の先にあるようです。
突然、森が開けて広々とした庭園に出ました。
木立のひとつひとつまで丁寧に刈り込まれています。
「ようこそ、いらっしゃい!」
にこにことお辞儀する青年の後ろには
大きな大きなお屋敷がありました。
「こ、ここって、街長さんのお家じゃないの?
勝手に入ったら怒られないかしら。」
少女は青年の上着の裾をちょいちょいと引っ張って心配そうに聞きました。
「怒られる?ははははは!大丈夫だよ。
だって、ここは僕の家だからね!」
「ええっ!じゃ、じゃあ、あなたが街長さんなの?」
青年はにんまりと笑ってウィンクしました。
「まあ、この家を建てたのは発電風機所を作った僕の父だけどね。
隣の療養所だって、祖父母のためにウチの父が作ったんだよ。知らなかったかい?」
「ぅわあ、どうも、こんにちは。」
少女はよくわからなくなってしまったので、
よくわからない挨拶をしました。
「さあ、さあ、固い話は抜きにしよう。
こっちだよ。」
「いや、おじさんが、なんか固そうな話?始めたんじゃん。」
「お、おじさん…。ま、まあ、そうかな。
うん、ごめんごめん。見て欲しいものがあるんだ。」
そうして通された部屋には壁一面に本棚があり、様々な色の背表紙が、同じ埃を吸って育ったのか、一枚の大きな絵のように調和していました。
「これこれ、これだよ!」
何やら机の下でがさごそと探していた街長は大きなテーブルの上に大きな紙を広げました。
そこには、川のような絵が描いてあり、
川の所々には赤や青で大小様々な丸と数字が描いてあります。
街長は、えっへんと胸をはって、誇らしげに3人の反応を待っています。
「えーと、これ、何?」
「えー!君、風飼いだろう!こうゆうの、使わないのかい?」
「いや、僕は風地図とかなら使うけど、
・・・・・・!あ!これって、もしかして…!」
「そう!そうだよ!あの渓谷の間欠泉の地図さ!」
「えぇっ!街長さん、すごい!こういうのも、街長さんのお仕事なの?」
「いや、これは、これから仕事にしようとしていることのための準備ってところかな。
それで、どうだい?この地図は、きっと君たちの役に立つと思うんだけどね?」
「うぁあ!ありがとうございます!」
「おばあちゃん!行けそう!行けそうだよ!」
少女は嬉しさのあまりおばあさんに飛びつきました。
おばあさんは目をキラキラさせながら、間欠泉の地図を穴が開くほど見続けています。
「よぅし!もういっぺん草原に戻ってルートを確認しよう!」
街長は、まるで隊長のように先頭に立って歩き始めました。
3人もなんだか頼もしい気持ちがして、ぶんぶん腕を振りながら後をついていきます。
「ところで、風の具合はどうなんだい?」
「それがさ、この辺りの風ってば、ちっとも元気ないんだよ。なんだかうす汚れてるし。
でも、集めても風ソリまで飛ばせるかなぁ。
僕が乗るのだってやっとってとこだよ。」
「そうか…。」
街長は空を仰ぎました。
「風が吹かないことには、どうにも、なあ。」
「あーあ。お機械さまの草原が曇ればなぁ。」
洗い屋の少女がつぶやきました。
「えっ?ちょ、それって、どういうこと?」
作 なんてね
ちょっぴりあんこぼーろ
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