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【小説】蝶はちいさきかぜをうむ その5



「やあやあ。君はきっと、ずいぶん遠いところから来たんだろう?お客さまが来るなんて、うれしいね。えーと、そうだ。お茶だ。お茶を淹れようね。」


大きな柱の陰からのっそりと出てきたおじいさんは、どことなくウキウキしているようでした。


柔らかそうな薄茶色のワンピースのように長いシャツに焦茶のベスト。
帽子に巻かれたベストと同じ焦茶のリボンに挿された薄紫と白の野花がおじいさんがうんうんと頷くたびにふんふんと一緒に頷いています。


柱の陰では、さっきまでおじいさんが座っていたらしいゆり椅子がぎぃぎーと鳴きながら主を失ったままゆらゆらと揺れていました。



「えーと、たしか、ここに…あった、あった。

ケグの実茶とあまーい蜜檸檬ティーとどちらがお好きかな?」


「あ、っと、じゃあ、ケグの実茶。」


少年はなんだか化かされたような心もちでドアの前に立ち尽くしていました。



おじいさんは手際よく小さなカマドに火をつけ、小さなポットで湯を沸かし始めてから、
ふと少年が立ったままであるのに気がつきました。


「おやおや。すまなかったね。
遠くから来てくれたのに、立たせっぱなしじゃあないか。さあさあ、こっちにお座り。」



そう言って少年を窓辺のカウチに案内しました。

椅子に巻かれているのと同じ赤色の布で作ってあるクッションは特別な綿でも入っているのか、
触るともふもふと弾力がありほんのり温かく感じます。



「君は……?気球商団の子ではないねぇ。商団は、数年前に来たばかりだし。次に来るのはまた50年ほど先のはずだ。

はて?気球商団以外でこの丘に来られるとは、
どうやって来たんだろうね。」


「僕は風飼いだよ。風に乗ってこの丘に来たんだ。」


「そうか!風飼いか!懐かしいなぁ。

うーん、あれはどのくらい前だったかな。もう30年くらい前になるかな、風飼いが来たのは。

それじゃぁ、いま風たちは草原に?」



「うん。遊ばせてる。」


答えながら、少年の目は
カマドでパチパチパチと音をたてながら
小枝や薪が小さな炎を踊らせているのにくぎ付けになっていました。


「ねえ、これは何?発熱石、じゃないよね?」

少年はカマドに揺れている炎を指さしました。


「ほぅ。火を見るのは初めてかな?これはね、火っていうんだ。発熱石よりも、もっともっと熱いから触ることはできないよ。」


初めて見る炎のゆらめきとその明るさに少年は見入っていました。


「さあ、どうぞ。熱いから気をつけるんだよ。」

差し出されたケグの実茶を受け取りながら、少年は自分がなぜここに来たのかを思い出したようでした。


「ねえ、最近風たちが元気ないんだ。

呼んでも何だかやる気のない土海月みたいでさ。なかなか集まらないし。それに、怯えてるっていうか、ちゅういりょくさんまんってやつ?


それでさ、街ではすっかり風が吹かなくなってるんだってさ。


集めた風たちもそわそわしてばっかりでさ、それで、ここの、この塔をじーっと見るんだよ。

なんでかなあ。ここは風の何かなの?」




「ここは、…風の……なんじゃろうなぁ。」


「ええっ!おじいさん、ここの人じゃないのっ?」


「わしは、ここの人、うん。ここの人だな。番人、じゃよ。うん。ここの人だ。はっはっは。」


「番人だったら、ここが何なのか、知ってるでしょ?!ねえ、風たちはなんでここばっかり気にするの?僕はそれを調べに来たんだ。」


「うーん。ここはな、昔はたくさんの人がいて、ひとつの村だったんじゃよ。」




そうしておじいさんは、この草原のことを話してくれました。






作  なんてね
     ちょっぴりあんこぼーろ

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