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【小説】ちいさなこと
ちいさな旅人がやってきたのは、夕暮れどきでした。
村の所々に瞬き始める薄青い灯りの中でも人々は難しい顔をしてあっちへ行ったりこっちへ行ったり忙しそうです。
宿屋はどちらですか?
と聞くと、眉毛を真っ直ぐにして
あちらにございますよ
と丁寧に教えてくれました。
宿屋の食堂で少し旅の疲れを癒そうと、
ちいさな旅人はビールを注文しました。
あ、あの。できれば一番小さな器でお願いします。なければスプーンでも構いませんので。
ちいさな旅人はカウンターの上に手の平ほどのちいさな毛布を敷き、その上にちょこんと座ってくつろぎながら言いました。
この村の方々はなんだかお忙しそうですね。
皆さん、難しそうな顔をして動き回っていらっしゃる。
そうですね。生きるとは、難しいものですから。
マスターは旅人を見ているのか、その向こうを見ているのか少し俯いて答えました。
この村では笑ったり浮かれたりすることがありません。そうすることがまじめに生きるという風習だからです。
「ありがとう」「よかったね」などと言い合うときですら、語尾を上げちゃあいけません。
いつだって神妙な面持ちで、難しそうな態度をとるものだと教えられてきたからです。
いつからかって?
それは誰にもわかりません。もうずっと長いこと、そうしてきたからです。
ちいさな旅人は、大きなスプーンに注いでもらったビールを美味しそうにちびちびと舐めながら、なんだかとってもいい気分になってきました。
ぷぅ
あら。ちいさな身体からは想像もつかないほど、
おおきなおならです。
静かにざわざわしていた店内がしーーーんと静まり返りました。
あ、こりゃあ、失礼しました。
ちいさな旅人は身体まで真っ赤にしてたいへん恐縮してしまいました。
いや、あの、なんだかこう、気が緩んでしまったと申しますか、その、
ぷっ ぷわ〜 ぽぷっ
あ、あ、申し訳ない、止まりませんな。
ぷっ
くすっ
ふふふふ
ははっ
うわっはっはっ
はっはっはっはっはっはっはっは
たちまち店内はたくさんのおおきな笑い声でいっぱいになりました。
店をぼんやりと照らしていた薄青い灯りはいつしかほんのりとピンク色の灯りに変わっています。
いやあ!お客さん、そのちいさな身体で…
はっはっは!
難しい顔をしていたマスターも身体をくの字に曲げて笑っています。
ぶほっ
あんまり笑いすぎたのか、マスターまでおならが。
ぶっ
ぎゃあっはっは
ぷぅー
ひっひっひっひ
ぶぼーん
わぁっはっはっは
もう店中がおならと笑い声で大騒ぎです。
一体全体何事か、と集まってきた村中の人たちも、いつしかおならと笑い声に巻き込まれていき、宿屋から広がったうすピンクの灯りは村中を包んでいきました。
(1,082文字)
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冬ピリカグランプリに応募させていただきます。
この企画を知って、初めて創作に挑戦しました。
創作することのたのしさを教えてくださり、ありがとうございます。