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【小説】蝶はちいさきかぜをうむ その13



きゅわきゅわきゅわきゅわ
ふんふんふんふん

ぴゅぃーーーーー

きゅわきゅわきゅきゅきゅ
ふんふんふんふん


風飼いの少年が指笛で呼んだ風たちを
洗い屋の少女が、まるで大きな犬を洗うみたいに洗っていきます。


「うん。やっぱり!コレならきっときれいになると思ったわ!」

少女の手には、時計塔でもらった櫛海月が握られています。
固く絞った櫛海月で洗われた風たちは、
まるで光を帯びたかのようにキラキラと軽やかに転げ回っています。


「きれいになって風たちもご機嫌だよ!
これなら、あっちの草原まで行けそうだ!」

元気な風たちを撫でながら少年は嬉しそうに言いました。








ひゅわーーーーーっ  びゅぅっ  ぶわっ


風の塊が草原に大きな波紋を描きました。
そうして広がったり集まったりしながら楽しそうに踊っています。



「おじいちゃーーーーーーん!!!」

少年が息を切らせてお機械さまの扉を開けて入って来ました。
おじいさんの膝でうとうとしていた翅無猫は驚いて慌てて窓枠から棚の上に飛び乗りました。


「おや?これはこれは、このあいだ来た子だね?
また会えるなんてうれしいねぇ。」

おじいさんも、少し驚いたようでしたが嬉しそうににっこりと笑いました。


「お、おじいちゃん!おじいちゃんっ!」


「なんだい?なんだい?随分慌てているみたいだね。まあ、まずはお茶でも飲まないかい?今日はちょうどね、草桃のジュースが出来上がったところなんだよ。」

おじいさんは嬉しそうにいそいそとお茶の支度を始めました。


「おじいちゃんっ!おばあちゃんが…
おばあちゃんが、帰りたいって!おばあちゃんを見つけたんだ!」


ごっとん


おじいさんは手に持っていた草桃ジュースの入っている瓶を落っことしてしまいました。


「お、おばあさんは、その、元気かの?また、笑ってるかい?」

震える手で少年の手を握り、おじいさんは聞きました。いまにも涙がこぼれそうです。


「うん。おばあちゃんは、すっごく元気だよ。それでさ、お機械さまを動かして欲しいんだ。」


「そうか…元気に。よかった。よかった!ありがとう。じゃがな、お機械さまは前にも言ったとおり、もう動かせないんじゃよ。」

おじいさんはぽろぽろと泣きながら言いました。


「これっ!」

少年がぐいっと差し出した手には柔らかい布の包みがあります。


「おばあちゃん、ものすごく帰りたがってるんだ。そのためには、お機械さまを動かす必要があるんだ。」


きょとんとしているおじいさんの目の前で包みを開き、金の蕾を見せながら少年はこれまでのことを話しました。







「おじいちゃん!これくらい?もっとかな?」


「この、倍の倍くらいじゃ!もっともっと必要だ。」


少年は草原中を駆け回って水晶花を集めています。おじいさんは気球荷車を引きながら翼馬の糞を集めています。
乾燥して塊になった糞をぽいぽいと気球荷車に積んでいきます。


お機械さまを動かすために必要なものをふたりで集めるのは大変な作業です。
おじいさんとおばあさんがふたりで暮らしていた時には毎日少しずつ集めて、集まったらお機械さまを動かしていたのでそんなに大変ではありませんでした。

2日かけて、やっと水晶花と翼馬の糞が集まりました。

少年はガッガッゴリゴリと水晶花を砕いてすり潰します。
ぽたぽたと落ちてくる汗が鉢の中に入らないように手で拭います。

おじいさんは翼馬に気球荷車を結び、森へ薪を集めに行きました。
気球商団にもらった気球荷車のおかげで、たくさんの薪を一度に持ち帰ることができます。

そうしてやっと、お機械さまを動かせるだけの材料が揃いました。


「いよいよ、明日、だね!」

おじいさんが作ってくれた温かい雲羊乳茶をふぅふぅしながら少年が言いました。


「ありがとうなぁ。ありがとう。
こうして君にまた会えたことだってうれしいのにね。またお機械さまを動かせることになるとはねぇ。ほんとぅに、ありがたいね。ありがとう。」


「なんだよぅ。おじいちゃんは、泣き虫だな。」


「でも、本当にこれでおばあさんは帰ってこられるんじゃろうか。危なくないのかね。」


「ぼくたちが、お機械さまの準備を始めてから風たちがものすごくソワソワしてるんだ。
走り出したくてうずうずしてる感じ。だから、風が吹くのは、間違いないと思う。でも…
危なくないかって言われたら、危ないと思う。
ぼくたち風飼いだって、風に乗れるようになるまでは随分練習するんだ。ただ、おばあちゃんはさ、」


「言っても聞かないんじゃろ。」


おじいさんは涙目で嬉しそうにウィンクしました。




おじいさんは、奥の鍵付きの引き出しから取り出した柔らかい布の包みを開き、金の蕾をそっと机に置きました。

丁寧に花びらを開き、その中に少年が砕いた水晶花の粉をサラサラと入れていきます。

蕾をしっかりと合わせて部屋の中央の大きな柱にある小さな扉を開け、中の輪っかのような台座に金の蕾をそっと載せます。


「よろしくお願いします」


おじいさんは深々と頭を下げ、小さな扉をそっと閉めました。


「おじいちゃん、どうかな?」

お機械さまの側面にある大きな窯では少年が薪や翼馬の糞をどんどんくべています。
山のように積まれていた薪や糞はもうほとんどが窯の中でごうごうと燃えています。
赤やオレンジや金色に光りごうごうばちばちと燃えさかる炎と一緒に少年も踊っています。

がっしゃんがっしゃんと蒸気でピストンが動かされている音が響きます。


おじいさんはにっこりと微笑み、こくりと頷きました。

そうして大きなベルを高々と挙げ、
がらーーーーーん  がらがら
と鳴らしました。


がっっっっっっちゃっっっっっんん

背丈ほどの大きさのレバーを下ろします。



ぴぃぃーーーーーっ ひゅぅぅぅぅぅぅぅぅっ



しゅこわっ



ぽん



雲ひとつない青空に大きな大きな光の花が咲きました。
キラキラと虹色に煌めきながら空いっぱいに広がります。


ひゅぅーーー

少年の鼻先を小さな風がくすぐっていきました。

「くる。」

少年の目はまっすぐに街の向こうの空に向けられています。


「風が、来るっ!」


さささささ さわさわさわさわさわ
ざわざわざわざわ ざざざざざっざざっざざざ

びゅわわわわわわびゅわっ


湿り気を帯びた風の塊が次々に草原に飛び込んできました。







作  なんてね
     ちょっぴりあんこぼーろ


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