「勉強しなさい」のトラウマ
27歳で、改めて学校に通いはじめて
感じること
「学ぶ」って楽しい。
これまで
こんなに前のめりに先生の話を聞いたことがあっただろうか。
「勉強」が楽しいと感じたこと
あっただろうか。
あんまりなかったなと思います。
思い出せないだけかもしれませんが
●学生時代
私の両親はどちらも教師だったため
「勉強しなさい」が口癖でした。
「勉強」こそが
明るい未来をはこんでくれる
唯一無二の光かのようでした。
とにかく私は勉強している姿を見せて
それで両親は満足そうでした。
高校時代、
そこそこ勉強すると
そこそこ成績が伸びて
がんばれば、がんばるほど
クラス順位があがって
楽しかった時もありました。
でも当時の自分は
「勉強」の本当の意味を理解していなかったなと、今は思います。
配られた教科書をなぞって暗記し
成績という数字をあげていく
ただそういうゲームのようでした。
何のために勉強しているのか
勉強して何が得られるのか
そんな事を考えようとも
思いませんでした。
●学びたいという意欲
今、私は「靴職人の養成学校」に通いはじめ、
靴づくりはもちろん、
足の解剖学や経営学などなど
いろんな授業がありますが
どれもとても楽しいです。
他にも
オンラインサロンの記事や
他の人のnoteを読んだり
音声ラジオを聞いたり
本を読んだりと
まだ触れたことのない知識の
吸収が楽しくて仕方がありません。
「学びたい」という意欲が
日々増しています。
これって何で学生時代は
感じなかったんでしょうか?
●「勉強しなさい」のトラウマ
私にとっては勉強は
「言われたからやる」
というだけのものでした。
どんな時でも、
勉強しなさいと言われるため
勉強とは、
机に座って、教科書と向き合い、暗記する
それだけのものだという
心理から抜け出す事なく
思考が停止し
ただこなすだけのものになっていたのかなと思います。
勉強が嫌い、苦手と思っている人は
この「勉強しなさいのトラウマ」から抜け出せないのではありませんか。
「勉強しなさいのトラウマ」を押し付けられることで
今自分は何を学んでいるのか
何を感じて、何を得られるのか
考える余裕が削られていきます。
27歳になって
初めて気づいた「学びの楽しさ」
私が母親になった時には
子どもが
この「意欲的な学び」を感じながら
楽しく勉強と向き合える
そんな環境ができたらなと思います。
まずは今、
学べることに感謝し
勉強を存分に楽しもうと思います。
がんばる🐘