【小説沙門清正_宗像周遊編②】沙門清正、道の駅むなかたにて、アイスコーヒーで禊ぐ

「道の駅むなかた」は清正の職場の知人である宗像の実家の家の近くにある。清正は先ほど道の駅で購入したアイスコーヒーを飲みながら、近くを流れる釣川河口から玄界灘を眺めた。美しい海とその上にある広大な空の青を見ていると心が洗われるようである。
「無駄なものが何一つない」清正は思った。こうしていると醜い人間社会の垢が落ちるようでもある。清正は靴と靴下を脱ぎ、目の前の海に浸してみた。寄せては返す波の振動が足を通じて、自分の体に刻み込まれていくかのようだ。今は自分も海の一部なのだ。古の賢者たちもこのように時には海に入り、世俗の塵を禊ぎしたのだろう。
あるいは清正の先祖である西郷隆盛もその一人であったかもしれない。西郷隆盛は、薩摩藩の事実上のトップである島津久光の勘気をかったこともあり、累計五年間もの間、離島に流され生活している。慕っていた島津斉彬や月照ら尊皇志士らの死、荒れる中央の政情を思えばその離島での生活が決して平穏無事なものであったとはいえないであろうが、そのような沖永良部島での座敷牢の中でさえも、いやそのような生死の狭間の過酷な中だからこそ、その格子ごしに見た空と海の広さに何かを感じ得たのではなかろうか。

その感じ得たものが何かは自分風情には分からない。いやおそらく肉を持つこの俗世の人の身にはだれにも無理であろう。それほど西郷隆盛の思想は透徹としている。清正はそう思いながら、しばしその青さの中に自らを浸らせ、自らの先祖の在り様に思いを馳せた。

手にしていたアイスコーヒーの氷がすべて溶け終わっていたころ、ポケットの中にしまっておいた携帯にふと目をやると今回、宗像市にある実家に清正を招いた宗像からの着信があったことに気づく。

この電話を無視していつまでもこうしていられればどれだけよいだろうか。しかし、西郷隆盛がそうしたように、俺も世俗に戻らなければならない。そして世俗の泥の中でもがき苦しみ、世界を進展させなければならない。清正は立ち上がると宗像の家に向かうべく、車の方に向かった。

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