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関りを持たない自由

「こんにちは、お客様でしょうか?」
海沿いの小さなポリスにたどり着いた僕を迎えてくれたのは、昔々に流行った僕の胸程の背丈の接客ロボット。
「こんにちは。僕は旅をしているんだけど、ここはどういうポリスなのかな?」
「いらっしゃいませ旅人さん。ここは、関わりを持たない自由が尊重されるポリスです」
「そうなんだ、でもどうやって生活しているの?」
「ここは、ロボット技術が他よりも発達していますので、私のようなロボットやAIが人々の生活を支えています」
「凄いな。できれば住民の誰かに話を聞きたいけど難しいかな」
「このポリスではSNSも発達しています。ご滞在になられるなら自由にアクセスできるマシンの貸し出しサービスがございます」
「人と関わりを持ちたくないのにSNSが発達しているの?」
「SNSは自分で人とのかかわりをコントロールできます。誰も強要しなければ会話を辞めるのも始めるのも自由なのでこのポリスでは好まれています」
「そっかあ」
「ホテルをご用意いたしますか?」
「うん、お願いします」
「承知いたしました」

***

「すごいな」
町には人っ子一人おらず、代わりにドローンや、誰も運転していない車が走っている。
「見た事ないロボットだ」
ふと目をやると掃除道具をたくさんつけたロボットがガチャガチャと道を急いでいた。
「ね、あれはなんてロボット?」
案内用に貸し出された文鳥型ロボットが、肩に乗ったり気ままに僕の周りを飛び回っている、自由だ。
パッと見ほとんど鳥でロボットだなんて言われないと分からないくらいだ。
口が達者で生意気らしく、受付のロボットに失礼のないようにとさんざん言われていた。ロボット同士のけんかってなんだか不思議。
「あれは旧式の掃除ロボットだ、特に名前は無いな。懐かしい、まだ誰か使ってんのか」
「新しいのが出てるの?」
「あそこ見てみな」
翼が指す先を見ると直径30㎝ほどの円盤から水が出たり、ブラシが出たりさっきのお掃除ロボットに比べるとかなりコンパクトになったロボットが高いビルの窓を掃除していた。
「あれが最新式だCRONⅠ型、あれだけでどこでも掃除できるし、自分で充電から洗剤の補充、道具の手入れ・交換までする」
「へー、凄いね。なんでもロボットがやってくれるんだ」
「人間がそうするように設計したからな」
「ね、君の名前は?」
「説明されたろ、俺はITCOⅢ型だって」
「そうじゃなくて、君自身の名前だよ」
「は?」
「え?」
「識別番号の話か?」
「え、いや。そうじゃなくて……。そうか、僕はステラ」
「俺はロボットだ、人間と違う。個別の名前なんて無い、ロボットに名前を聞くなんてお前変わってるな」
「えー?そうかな、じゃあ僕が名前つけちゃおうかな……、んー……。ね、リブラってどう?」
「リブラ?旧語で天秤の事だな」
「確かそう。パッと浮かんだんだ」
「そうか、まあ気に入ったぜ。良い名前じゃねえか」
「良かった、じゃあ君の事は今からリブラって呼ぶよ」
「いいぜ、ステラ。俺たちこれでダチだな」
「ダチ?」
「どっかの旧語で友達って意味だ」
「そうなんだ、何か気に入ったよ」
「おい、ここがホテルだぞ」
目の前に現れたのは他のビルと同じ外観のホテル。かろうじで入り口に看板がある事でホテルと分かるくらい見分けがつかない。
「ここ?」
「そう、この町で一番いいホテルだ」
ちょっとだけリブラの言葉を疑いつつ、ホテルに一歩足を踏み入れる。
「わあ!」
入ってすぐのエントランスには宿泊客を出迎えるように美しい噴水や、シャンデリア。眠れそうなくらいふかふかのソファや高そうなテーブルが並んでいる。僕こんな良いホテルに泊まるの人生初だ。
「いらっしゃいませ。ステラ様ですね」
「そうです。素敵なホテルですね」
「ありがとうございます。お部屋にウェルカムドリンクや軽食をご用意しております。遠い所からいらっしゃってお疲れでしょう、ゆっくりなさってください」
「ありがとうございます」
受付のロボットからカードキーを受け取り、3階の部屋へ向かう。
「前向いて歩けよ、転ぶぞ」
「そうだね、ありがとう。気になっちゃって、ほら!見てよリブラこの置物可愛いよ!」
「そうだな、バステトをモチーフにした置物だな」
「猫の神様だっけ?」
「そう、良く知ってるなお前。旧時代の神話だぞ」
「本が好きで。特に旧時代の神話は大好きなんだ」
「そうか、ほら着いたぞ」
301と書かれた部屋の前まで来ると扉は自動で開き、僕たちを招き入れてくれた。
「あー、ベッドがふかふかだよ」
「今日は疲れたろ。もう休むか?」
「そうだね、お風呂入ってご飯食べて今日はゆっくりしようかな」
「風呂は部屋付きだし、夕食はルームサービスでなんでも食えるぞ」
「天国だね」

***

「おい、もう昼だぞ」
美味しいご飯を食べ、ものすごく広いお風呂に入った後、僕はいつの間にか眠っていたようだ。
「おはよー、僕どれくらい寝てたの?」
「少なくとも時計は1周してるぞ」
「わ、ほんとだ。起こしてくれてありがとう」
「どういたしまして、朝飯どうする?」
「片手で食べられるものが良いな、今日はSNSをやってみたい。折角パソコンも借りたし」
「そうか、分かった」
「僕SNSあんまりやったことないや、教えてくれる?」
「そのための案内ロボットだからな」
「ありがとう」
「いいか、まずアカウントを作る。ここに文章を書いて……。なんでもいいぞ、こんにちはでも、お前タイピング遅いな」
「使い慣れなくてさ、じゃあタイピングじゃなくて音声入力を使うか。いいかここを押す、よし喋れ」
「えーっと、こんにちは。僕はステラ、旅人です」
「よし、そしたらここで送信だ」
「送信っと、誰か返事くれるかな?」
「くれるだろ、このポリスに旅人なんて珍しいからな。ほら」

『こんにちは、ステラ。僕はジョン旅人さんなんて何年ぶりだろう』
『こんにちは!私はジェーン。よろしくね旅人さん🤗!
このポリスの居心地はどう?』

「すごい!2人も返事をくれたよ!」
「せっかくだから何か話してみたらどうだ?」
「うん!えーっと、ここだっけ」

『こんにちは、ジョン、ジェーン。返事をくれて嬉しいです
ここはとても快適です。たくさんロボットがいてびっくりしています
2人は何をしている人なんですか?』
『そうね、ここは他のポリスよりも格段に技術が進歩してるわ😁
私はロボットの設計者なの。それと私達に敬語を使わなくてもいいわ』
『ありがとう!そうなんだ、すごいね。どんなロボットを作ったの?』
『私は主に掃除用ロボットを設計しているわ🧹
ジョンは?』
『俺はAIの開発をしているよ。ただ高性能なだけじゃなく、個性のあるAIを作っているんだ。君が連れている案内用ロボットがITCO型なら俺が作ったAIが入ってる』
『リブラを作ったの!?』
『もしかしてロボットに名前を付けたのか?面白いな君』
『リブラにも言われたよ!
2人ともすごいね!あの、いきなり失礼かもしれないけど。ここのポリスにはどうして来たの?』
『私が元居た所では勉強する必要ないって言われていたの、美しさを追求するポリスだったから。でも私は小さい頃から好奇心旺盛で周りとそりが合わなくて……。それを見かねた両親がここに送り出してくれた、したいことができるようにって👍』
『俺は、前いたポリスでは結構成功してたんだ。でも、自分がやりたいことと研究室のやりたいことは違った。それに出世争いとか、人間関係に疲れちゃってさ。ゆっくり研究がしたくてここに来たんだ』
『そっか、ここのポリスは人と関わらない自由があるけど、その……。2人は人が嫌いになっちゃったの?』
『ステラ、あなた優しいのね😊
私は別に人が嫌いじゃないわ、でも人と距離が近いと疲れてしまうの、今とても快適だわ』
『俺はここのポリスに越してきた当時人が大嫌いだった
でも、人と関わらないうちに気付いたんだ、人が嫌いなんじゃなくて望まない距離の近さで人と接したり、自分が合わないと思っている奴と接するのが嫌なんだって
今は、時々こうしてSNSをしたり、気の合う友人とすっごくたまに会ったりしているよ』
『そうなんだ』
『どうしても人と関わらなければいけない事が無いからか、俺は人の事を悪く思わなくなったし、人と比べて辛くなることも無くなった』
『私も!自分のペースで暮らしていられるのは最高よ😁』
『そうなんだ、ごめんね。なんだか僕もっとこう、なんていうかこのポリスを誤解していたかも』
『もっと、人間味が無くて機械みたいなやつが住んでるって?』
『そう、ごめんね』
『あら、謝らなくてもいいわ。私もここに来る前はそう思っていたもの😁』
『俺もだ、でも案外気のいいやつらが多かった。もちろんそうじゃないやつもいるけど』
『ね、ステラ。あなたについても質問していい?』
『もちろんだよ!』

***

「すごくいい人たちだった」
「珍しがられて、凄い人が集まってたな」
「うん、いっぱい話せたよ。僕コミュニケーションって人と人が会って、目を見て話さないといけないと思ってた。でもそれが全てじゃないね、ここの人たちは人づきあいに雁字搦めになっている人達よりもずっと上手に人と関わっているのかもしれない」
「そうだな、大体関わることは良いとされているけど、人と関わらないと途端に何考えてるか分からないだのなんだの言われる。それだって尊重されるべきものなのにな」
「ほんとだ、僕この旅でこうやって色んな事に気づきたいな、きっと見てみなきゃ分かんない事ってたくさんあるよね」
「ああ、百聞は一見に如かずって言うしな」
「どういう意味なの?」
「聞くよりも目で見た方が分かるって事だ」
「良い言葉だね。さて、すっかり夜になっちゃった。今日もここに泊まらせてもらって明日出発しようかな」
「……。そうか、お前行っちまうのか」
「ん?何か言った?」
「や、なんも。夕食は何にするんだ?」
「そうだな……。」

***

「ステラ様、ご滞在ありがとうございました」
「とてもいい所だったよ、ありがとう」
「ありがとうございます。みな喜びます。では案内ロボットの返却をお願いします」
「……。なあ、俺ステラについて行きたい」
「え?」
「俺も色んな所を見てみたいし、それにステラが気に入ったんだ」
「え?僕は嬉しいけど、でも……。」
「問題ありませんよ。実は昨日製作者から連絡があって、『ついて行きたがるかもしれない、そしたら行かせてやってくれ。おもしろいから』と」
「じゃあ、リブラ僕と一緒に来てくれる?」
「もちろんだ!俺たちダチだからな!」
「それでは、お二方いってらっしゃいませ。良い旅を」

手を振るロボットに見送られ、僕たちは次のポリスへと向かう。そんな僕らの背中に誰かが手を振ったようなそんな気がした。




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