風呂キャンセル界隈は、ルッキズムへの反抗心
少し遅れた話かもしれないが、風呂キャンセル界隈という言葉が話題になった。
元々は精神的に障害のある人の間で使われる、精神の健康に問題があってお風呂に入れないことを表す言葉だったそうだ。
今は問題のない人でも面倒な理由などでお風呂に数日入らない時にも多く使われる言葉になったそう。
それはまるで、お風呂に入らない行為を正当化するみたいに。
私が風呂キャンセル界隈、というわけではないのだけれど、この言葉が多く広まった訳が私には分かる気がして、そのことを何となく今日思い出して記事にするに至った。
最近はこの言葉の他にもルッキズム(外見至上主義)という言葉をよく耳にする。 言葉の通り外見を重視し、それで人を判断したりすること。
男性のタイプを聞かれると上位に上がる清潔感。もちろんこの傾向は人のみに限らない。食品などに多いプラの過剰包装はニュースでも取り上げられた。
みんながみんな異常に清潔さを求めて初めてきた。本当にここまでする必要があるかというまでに、周りが敏感になればなるほど、自分まで気になって仕方なくなるこの感覚。
私はこれらルッキズムで溢れた社会が、風呂キャンセル界隈が大いに受けた原因だと思う。
清潔さばかり求められる現実に呆れた人間が、穴場を見つけるがごとく風呂キャンセル界隈に目をつけ込んだんだ。
そこに自分の居場所を見つけたみたいにね。
だから彼らが自慢げに風呂の入らないことを語るのは、心の狭い社会への反抗心なんじゃないかって思えてくる。
私は別に、面倒でお風呂に入らないことを肯定したい訳ではない。実際私は風呂を面倒とは思わない人間だから。
でもただこの風潮に共感できる気がして止まなかった。私自身、外見に完璧ばかり求められるのは怖いから。前髪を動かないくらいに固める女の子を見て、なんだか私がとんでもなく怠惰なように思えてくる感覚を、ちょうど今思い出したよ。
色んな意見があるだろうけど、きっとこれは、静かなデモなんだって私は感じたから、こんな記事を書いてみた。