プロローグ
小鳥がさえずっている。
心地よく、暖かい日差しが美しいステンドグラスを照らしている。
とても澄んだ空気の教会の一室で熱心に本を読む1人の少年がいた。
牧師もそばについて、本について教えている。
「勤勉であれ。それが我が主の教えです、真面目に誠実に学び働き生きれば、主が守ってくださるのです。ですから学ぶことをやめてはいけませんよ?」
「はい、頑張ります」
「そんな事してて楽しいかよ」
休憩中の少年に、少年よりも少し背丈の大きい子が木の上から話しかける。
「ラゼル…今日も木の上で寝てるの?暇人?」
「大人しく本読んだり仕事するより寝る方が楽しいんでネ」
「不真面目、そんなだと神様に見放されるよ」
「あーあーだまらっしゃい、耳が激痛」
「思ってないくせに」
「そりゃあネ、へへ」
そう楽しく話していると鐘の音が鳴る
「あ…そろそろ行かなきゃ、じゃあねラゼル。また」
「おー、ここなら誰も来ねぇから。いつでも来いな」
少年の住む村は、変わった事が多い
誰も家から出ないことはザラ、働いている人といえば牧師と少年とその仲間数人だけ。なのにも関わらず誰1人飢え死ぬことは未だ無い。
それだけではない。今、村の外では戦いが起きていると言われているのに賊が来たことは無く。流れ弾や瓦礫すらも飛んできたことは無い。不自然なほど安定した環境の村だった
そんな村だから面白いこともあまりない。だからこそ、少年が普通なら思いつきもしない変なことを考え出すのも不自然では無かった。
「(神様はどんな形をしているのだろうかな)」
ふと、少年はそう思った。この村には神の姿を祀るものや描かれているものがない。それを知りたい、ただそれだけの欲求が少年を動かした
少年の仕事が休みの日、少年は朝一番に村の外へ駆けた。
少し風の強い朝であったが、1度火のついた子供の好奇心はその程度では止まらない
村から出た景色。まだ村からたかだか数メートルしか離れていないが閉鎖的な図書室で生きていた少年にとっては無自覚ながらとてつもなく綺麗で新鮮なものに映った。
ひっかかる蜘蛛の巣に対してもおかしくて笑みがこぼれるほどである
少年にとって
外は思っていたより荒々しかった
外は知っていたより人がいなかった
外は村の本には無い動物がいた
全てが楽しかった
いずれ、少年は街に訪れた
屋台、本、人、全てに目を奪われる
全てがキラキラと輝いていた
少年はその屋台の中から、茶菓子を売っている店を選び、コツコツと貯めていたお小遣いで数人分購入した
結局、少年の神についての情報は何も得られなかったのだがそれでも、それよりも少年は多くのものを得たと、満足の表情を浮かべて村へと帰っていく
牧師様は喜んでくれるだろうか、勝手に外に行ったことを叱られるだろうか、子供たちに外の話をせがまれるだろうか、ラゼルを連れていかなかったことを怒られるだろうか、贅沢をしてしまったことを神様は許してくれるだろうか
そんな色々なことを胸の内に秘めながら
村の門を開く
そこにはいつも通りの
真っ赤で廃れた村があった
少年の体は固まってしまった
何が起きているのか、目に嫌でも飛び込んでくる赤が少年の脳内を侵す
ふと少年の頭上を影が包む
上には無惨な形になった教会と村の人々の欠片が風に持ち上げられ舞っていた
そしてその風の中心に人影があるのを見つけた
ソレは遠くからでもおよそ人間ではないと分かった
男女両方のパーツを持ち、眼球は不可思議な模様で彩られ、髪はところどころが獣の様相をしている
少年は茶菓子を地面に置き、膝をつき両手を合わせ、目を瞑り、祈り続けた
どうかこれが夢でありますようにと
どうか皆が無事でありますようにと
どうか、どうか…
いくら強く祈ろうと、耳には風の音が常に入ってくる
地獄が終わらない
少年が全てを諦め、風に巻き込まれ死んでしまおうと思うほど長い時間が経ち、目を開くと
そこには風の中心にいたナニカがいた
そのナニカは少年と目が合った後、すぐに少年を抱きしめた
「…あぁ愛しい子、なんて健気で勤勉な子」
「汚いものを見せてしまってごめんよ、本当は君が外に居る間に綺麗にしたかったのだけれど些か民が愚かしくて…ついつい長引いてしまった」
少年は頭を回すが何も分からなかった
「君はいつも教えを守り、働いてきた…なんて愛おしい…。もう村はキレイになった、もう君のものだ。これからは君がここに人を招き、教えを説くんだよ」
そう言われた少年の口からなんとか出てきたのは
「あなたは誰、です…か…」
この一言のみであった
その問に対する答えも、また一言のみであった
「神」
このやり取りのみで、少年は何が起きたのか少年なりに理解した
神が、村を消した
守ってくれるはずの神が
どうして
罰
なんで生き残った
「なぜ…僕は、生きているのですか」
「君だけが教えをまもっていたから」
「そんな事は…!確かに村の人達は勤勉とは言えなかったけれど、自分のすべき最低限はこなし、幸せを築いていた。それは勤勉ではなかったのですか…」
「違うよ。勤勉は誰かのため、人のため、我が身を捨て働くこと。この村で相応しいのは君だけだよ」
少年が唖然としているとナニカは宙に舞った
「じゃあ、他のところへ行かなきゃならないから。じゃあね」
そしてナニカは、風と共に消えた
と同時に、教会、人、瓦礫、土…全てが村へ散らばった
少年は、しばらくして、動き出した
瓦礫を退け、死体を埋め、祈り、瓦礫を退け、死体を埋め、祈り、また瓦礫を………
延々とその繰り返し
それが終わったあと、買った茶菓子を口に運び、聖典を取り出す
少年の内からふつふつと見知らぬモノが沸く
それに呼応して少年は胃液を眼前にばら撒いた
神を名乗るもの
親しき人の死体
壊れた居場所
少年は、茶菓子を見て、昔のことを思い出す
何もかもが嫌になって、初めて村の外に出ようとしたあの日
大人数の傷だらけの人達が向かってきていて
それをナニカが消した
それは神を名乗っていたがとても信じられなくて
神を信じるようにひたすら祈った
そして不信感が消えた次の日に
ラゼルと出会った
彼と居るのは心地が良かった
どこか自分の思っていることを代弁してくれているようでとても気分が晴れた
死体の中にラゼルの死体は無かった
そりゃそうだ、ラゼルなんていないんだから
あの日作ったんだよ、神を信じるために
不信感を隔離させるために
空想のオトモダチを作ったんだよ
信じるだけで救ってくれる神も、優しい牧師もいない
全部、無かった
ふざけるな
死ねよ
考えることをやめて盲目に勤勉なんてほざいて、ただの思考停止の怠惰なカスだったろ
そのカスに崇められて何が神だ
何が教えだ、勤勉だ
全くもってクソだ
もう、死のう
今の僕は、消えた方がいい
でもアイツが生きてんのは不愉快な気がする
殺すしかない
生まれ変わって、あいつを殺そう
もう勤勉なんて知らない
自分のために生きよう
目についたもの、欲しいもの、食いたいもの、全部俺のものにしよう
少年は、村の全てを燃やした
何一つ、残さず、全てを
その後に、服と仮面を用意して
生まれ変わって、生まれ堕ちた
少年は空人と名を変えて
エピソード カラト
『そしてその少年は怠惰と憤怒を抱いて』