欠陥商品
「お前はお姉ちゃんみたいになるなよ」
私の頭にふとよぎるその台詞は、まるで解けない呪いのようだった。
父は「お前のことは2回しか叩いてないだろ」と私に言ったことがある。
だから父は悪くないのだと。
正直なところ2回ではなかったと思う。
2回だろうが2千回だろうが叩いたことに変わりはないじゃないか。なんてことは言わなかった。言えなかった。
直接叩いたのは2回だったかもしれない。
髪を引っ張られたのは2回じゃない。
物を投げられたのは2回じゃない。
物を蹴られたのも2回じゃない。
妹と比べられたのも2回じゃない。
人格否定されたのだって2回じゃない。
お前のせいで死のうと思ったのも2回じゃない。
許せない。どうしても許せない。
父は今難病と戦っている。
戦いながらも仕事をしている。
母は「悪いことをしたから当然」と話す。
そうなのかもしれない。そうなのかもしれないけど、苦しんでる人に対して、しかも家族に、こんな負の感情を向け続けていいものか。
ファンヒーターを蹴り飛ばしたあの日、壁を強く殴ったあの日、暴言を吐き散らかされたあの日。あの音。あの感情。
忘れられない。
いつまでも、いつまでもそんな過去に囚われて、そんな過去を思い出して父を憎んでしまう。
きっと私だって悪かったのに。
ある日、「父を許さなくていいんだよ」と、彼女は無責任にもそう言った。
許してあげられない私が1番許せない。
そんなことを言ったら、私のことも許さなくていいと彼女は言うのだろうか。
彼女は私と話すのが仕事だった。
私が「夜眠れない」と言うと心配するふりをしてみせたし、「心配だね」と口に出して言った。別に私は私の心配なんてしてないのに。
彼女は私が就職は楽しみじゃないと言えば「どうしてだろうね?」と言うし、私のバイト先の話を楽しげに根掘り葉掘り聞いてきた。
嫌だった。
そうしてその嫌な感情が抑え切れなくなって彼女と話すのをやめた。
結局彼女は許せない私の心が軽くなるようなことは何1つ言わなかった。
許さなくていいとは思わない。どうしてもそう思えない。
家族だから。という理由もあると思う。
ただ、あの時は私も父も未熟だった。
私たちの当たり前が狭すぎた。もっと広い範囲で物事を見ていられたらあんなことにはならなかった。
私は怒鳴られて泣いてばかりだったし、言われた言葉をそのままの意味で受け取っていた。
父はそんな私を怒鳴って、物を投げることしかできなかった。
私も悪いし、父も悪い。きっと。
父だけが悪いわけじゃない。
だから許せない私が許せない。
今もう一度、2人であの瞬間に戻れたら。