【ショートショート】3, 乱数調整
「まじかよ!当たった!」
友達と金を出し合って買った宝くじを握りしめ、学は自分でも驚くくらいの大声をあげた。5億当選宝くじを絶対に離さまいと、震える手を落ち着かせながら共同出資者の彰に電話をかける。
「この前買った宝くじ、5億当たったんだけど!」
「え...まじ...?」
「反応薄いなお前w信用してねーのか?w早速明日換金しに行こう、10時に俺んちな!」
状況を理解できていないのか彰からの声はすぐに帰ってこなかったが、そんなことに学は気づかず電話を切った。
翌日、興奮で眠れなかった体に喝を入れるべくエナジーバーを食べているとインターホンが鳴った。ドアを開けるとそこには昨日希薄な反応を示した彰がそこにいた。
「お前、早くね?まだ9時だぜ。まあw焦る気持ちもわかるwなんせ5億だからなw」
「そーゆーことだ。早く行こうぜ。」
妙に冷静だが謎にタップダンスなんかしながら、準備する俺を待ってやがる。なんだよ、表情に出さないだけでウキウキじゃねぇか。
宝くじを買った駅チカへ歩みを進めた2人であったが、彰が先導するその道は遠回りだったり入ったこともないような路地ばかりであった。
「おい、お前駅までの道わかってる?」
「大通りずーっと行きゃいいんだろ。」
「わかってんだったらなんでこんな道通るんだよ。」
「乱数調整だよ。」
「は...?乱数調整ってゲームでレアアイテム確実に手に入れたり、敵とエンカウントしないように確率操作しながら進むやつ?」
「そうそう。今まで言ったことなかったんだけど、俺それ現実でできるんだよね。」
「わっけわかんねぇ。さっさと行くぞ。」
会話中にも彰は電柱に触ったりリュックのポケットの荷物入れ替えたりしている。なんなんだこいつ。
痺れを切らした学が先導し進んでいると、すぐ横で老婦の悲鳴が鳴り響いた。
「そいつ!ひったくり!誰か助けて!」
まじか、宝くじ当選に次いでこんなイベントが起こるとは。俺にできることって言ったらスマホで犯人の姿撮るくらいか...?と、緊急時特有のCPU顔負けの処理速度で思考した学だったが、冷静な彰は目の前を走って逃げようとした犯人に蹴りを入れ、数秒後にはばたんきゅーしてる犯人が横たわっていた。
カッコつけなのか一回転しながら犯人からバッグを奪い返し老婦に返した彰は何事もなかったかのように戻ってきた。
「これが乱数調整。おばあさんはひったくられる運命だった。だからそれを助けられるように調整してたんだ。」
「犯人が自分の目の前を通るようにってことか。」
「そうゆうことだ。」
「ちなみにカッコつけの一回転も乱数調整?」
「そう、警察に捕まらないためのな。」
「いや、お前のあの蹴りは正当防衛みたいな感じで扱われるだろw念には念をな奴だな。」
二人は歩みを進める。
「なあ、その乱数調整使えば何でもできるんじゃないのか?」
「いや、そんなことはない。例えばゲームで言えば、DQではぐれメタルがしあわせのくつを落とす確率は1/64だろ?確かに乱数調整を使えばそれを確実に手に入れることができる。ただ、はぐれメタルかららいじんのけんを手に入れることは乱数調整では不可能、そもそも可能性がゼロなんだからな。現実も同じで、あり得ないこととか運命で決まっていることには乱数調整は効かないんだ。」
「つまり、現実的じゃない事は無理ってことか。ワープするとか、時をかけるとか。」
「そんなかんじ。」
「じゃあ万年不細工なお前は乱数調整でも彼女ができないってことだw」
「...」
「...ごめん、まさか本当にそんな運命だとは思わなかったし、お前それが分かるんだったな。いやさ!金は手に入る事だし!一生幸せだぜ!」
また乱数調整なのかハレ晴レユカイのサビみたいな動きしてる。悲しんでんのか楽しんでんのかわかんねぇなこいつ。
「なあなあ思ったんだけど、それって俺にもできる?」
「ん?ああ、できないことはないな。」
「ちょっと教えてよ。俺はもっと人生豊かにしたいぜ。」
「ただ、教えても意味ないんだ。もう負けイベントが目の前だから。」
「へ?」
気づいたときには俺の腹にはナイフが刺さっていた。宝くじ当たったの彰にしか言ってないはずなんだが誰が、とか思いながら見たナイフの柄は彰によって握られていた。
「ゲームでも負けイベントって乱数調整じゃ避けられないもんね。」
俺が最後に聞いた言葉だった。
へんじがないただの死体となった友人の横でブレイクダンスを踊りきった男が一人。
「これで警察に捕まらないための調整は完了だ。」
去る男の手にはレアアイテム「5億当選宝くじ」が握られていた。