【お題】28. 軒下で雨宿り
ソレに関わるなとキツく言われていたけれど、いざ目の辺りにすると、それまで考えていた対処法は見事に吹き飛んでいた。…………圧倒的だった。ここまで身近に見たことはなかったのもあるが、よりによって相手が「特別」だったのは運が悪かったとしか言えない。
突然の雨に、私は慌てて駆け出しどこか雨がしのげる場所を探していた。と、突然それは目に入った。丁度良い軒先に先客がいたおかげで、私はそこへ駆け込んだのだが………。そこにいた人物は……———いや、そこには「鬼」がいた。………人の姿に化けているが、私にはその気味の悪い角がシッカリ見えている。
私の家は、代々そのような異形の物が障りを起こしたとき、祓い鎮める仕事をしていた。所謂祓い屋だ。しかし、中には絶対に関わってはいけないもの、は存在している。その中の1つがこの「鬼」だ。やつらは、昔からこの地にいて、目的があるようだが、とても強く厄介な存在だった。ただしこちらが何もしなければ害はないので、絶対に関わらないよう教えられていた。
そんな「鬼」がすぐ隣にいる。派手な髪色に耳には猫の頭の形をしたピアスをしている。間違いない、あれは「特別」のカネチカだ。私はゾッとした。「鬼」の中でも最強クラスの力を持つ、カネチカ。なぜ、高校生のような姿をしているのだろう?彼は確か、救助活動をしているという話だったが……。
「こんにちは」
あろうことか、カネチカは私に声をかけた。
「え………あ。こ、こんにちは」
私は酷く狼狽えていた。
『おい、なに挨拶なんかしてんだ。鬼だぞ、鬼!』
私の懐で小玉ネズミが囁いた。私は慌てて抑える。
『やめろぉ!弾けちゃうだろ』
小玉ネズミは妖怪で、パンと弾けてしまう。それだけの妖怪だ。なぜかこの小玉ネズミは、私の世話係を自称していて、そばにいる。
「誰かいるんですか?」
気付くと、カネチカがすぐ側にいた。私は思わずのけぞると、小玉ネズミが顔を出した。
『お前、カネチカだな!』
「わあ、かわいい。まん丸だ!」
カネチカは小玉ネズミを見て喜んでいる。………かわいいか?
『ここであったが百年目!くらえ!!』
そう言うと、小玉ネズミはカネチカに飛びついた。まずい!と思ったが、パン!と音を立てて弾けてしまった。———ああああ、なんてことを!
「すみません!大丈夫ですか?!」
私がカネチカに駆け寄ると、カネチカは小玉ネズミの残骸(破裂した風船のような)をつまんで驚いている。
「弾けちゃった!?どうしよう」
「ああ、放っておけば元に戻りますよ」
私が説明しているうちに、ぷくーっと膨らんで小玉ネズミは元のまん丸になった。
「良かったー」
そう言ってカネチカは小玉ネズミを撫でている。よかった、怒ってないようだ。
『てめぇ!馴れ馴れしくすんな!』
小玉ネズミは口ではそう言ってるが、撫でられるのは好きなので大人しくしている。私はカネチカから小玉ネズミをつまみ上げた。
「すみません。失礼なことを」
「いえいえ。かわいいですね。………生き物ではないですよね」
「はい。妖怪です。小玉ネズミと言います」
「へえー。妖怪ですか、初めて見ました」
『おめぇはカネチカだな!鬼の親玉!』
口の悪い小玉ネズミは、懲りずに挑発する。すぐ弾けちゃうのに、なんでこんなに気が荒いんだろう。
「俺のこと知ってるんだー!すごい!………ん?親玉?」
そう言って首をかしげる。私は小玉ネズミを懐に押し込んだ。
「気にしないでください。そ、それでは私はこれで」
「まだ雨が……」
カネチカが背後で何か言っていたが、私は軒下から飛び出した。雨はまだ降っていたけど、これ以上接触するのは危険だ。懐では小玉ネズミが悪態をついている。
なんとか、遠くまで離れた頃には雨はあがっていた。綺麗な虹がかかっている。だが、私はそれを綺麗だなんて思う余裕はなかった。全速力で走ったせいで、息が上がっている。私はゆっくり歩きながら、息を整える。
『何逃げ帰ってんだよ!鬼をやっつけるって言ってただろ』
実際に見るまでは、私は鬼を狩るくらいの気概を持っていた。思い上がっていた。
「見ただろ。あれを。私達がなんとか出来るものじゃない」
『ビビってんじゃねーよ!鬼を狩ってアイツらを…』
「少し黙ってくれ」
私の言葉に、小玉ネズミは静かになった。
私は、いや私達は一族の中で、何故か虐げられていた。力がないわけではない。むしろ、一番の力を持っている。(小玉ネズミは違うが)なのに、サポートばかりで日の目は見ない。その事に私達は不満を持っていた。いつしか、私達の目標は、鬼を狩って一族に力を示そうと。
………だが、それは大間違いだった。実際目の当たりにしたら、とても敵うはずはなかった。いかに自分が自惚れていたのか、あの瞬間思い知った。あれだけ関わりを持つなといわれた意味も。
『落ち込むな。俺がアイツをやっつけてやるから』
「いいんだ。戻ろう。………それから、ありがとう」
私は、己の無力さに打ちひしがれながら帰路を急いだ。………まさか小玉ネズミが、カネチカを本当にやっつけようと決意していることに気付かず。
「すいませーん」
その声に振り向くと、頭に小玉ネズミを乗せたカネチカがいた。私は言葉を失った。
『カネチカが俺に降伏したぞ。コイツを連れて帰ろうぜ』
「小玉ネズミ!?」
「えっと、お家に行けばいいんですか?」
このあと、何故か大いばりの小玉ネズミがカネチカを家へ招いた。………阿鼻叫喚だった。だが、カネチカは楽しそうだった。そこだけは救いだった。
小玉ネズミはカネチカと謎の繋がりを持ったようで、そのおかげ?で私達は一目置かれるようになった。———絶対カネチカは分かってないと思う。彼がおおらかで助かった。