見出し画像

【お題】16.屋台のたこ焼き

 なんだかモヤモヤして、気持ちが悪かったので俺は家の外へ出た。その瞬間、失敗したなと思ったが今更引き返す気は起きなかった。時刻は夕方。………夏の日は長いが、うかうかすると恐ろしい時間がやってくる。

 逢魔が時———魑魅魍魎が実体化する不吉な時間。昼と夜が移り変わり人の世から魔物の世に変わる時間。

 少し歩く分には日暮れにはならないだろう、そう切り替えて俺は近くを歩くことにした。昼間と違って風も少し涼しい。……と、ソースや何かを焼く匂いが鼻を掠めた。

「………お祭り?」

 そういえば、この辺に小さな神社があったな。なんて思いながら、俺はふらっと屋台が並ぶ場所へ進んだ。小さいながらもびっしりと屋台が並び、思ったより人がいる。中には浴衣を着ている人達もいた。

「おーい、まっさむねー」

 背後からチャラい声が聞こえた。………まさか?
「カネチカ………」
 カネチカは部活帰りなのか、複数のキラキラした女子や男子の中にいた。眩しい。青春してる。俺とは相反した生命体だ。アイツは化け物なのに奴らと同じ波動を感じる。
 俺が固まっていると、カネチカは何人かに声をかけてからこっちにやってきた。来なくていいのに。
「お祭り楽しいね」
「お前のほうが楽しそうだけど」
「今来たとこ?」
「……ああ。たまたま、かな」
「じゃあ俺と一緒に回ろう。おいしいとこ調査済み!」
 といって、俺の背中を押す。カネチカは、実によく屋台をリサーチしていたので、一緒に楽しく回ることが出来た。カネチカとは同じクラスで、春樹を通して知り合ってはいたが、二人きりで遊んだ経験はなかった。彼と居ると楽しい。化け物なのに、角も生えてるのに、こんなに一緒にいて気持ちがいい人は初めてだ。

「このたこ焼きおいしいよ」

 そう言って俺にたこ焼きを手渡した。「え」
「一緒に食べよう。………あそこがいいかな」
 カネチカに促されて、神社の脇にある空きスペースへいった。そこにはベンチが置いてあって俺たちは並んで座る。
 箸をパキッと割って俺に渡した。「もう一膳あるから使って」
「お。おう……」
 カネチカは「いただきまーす」と手を合わせて言うと、熱々のたこ焼きをひとつつまみ上げた。ふわっとソースとマヨネーズの香りがする。俺もひとつつまんで口に運んだ。………熱!
「気をつけないとヤケドするよ」
 楽しそうにそう言って、ハフハフ美味しそうに食べている。カネチカを見ていると、こっちも美味しく感じてしまう。

「……なんでやさしくするんだ?」
 俺は、いたたまれなくなって胸の内を吐露した。きっと、めけから聞いてるだろう。俺が碌でもない奴だって。なのに、なんでこうして一緒に遊ぶんだ?
「やさしい?」
「俺のこと………めけは嫌ってるのに」
「え?そうなの?」
 本当に知らないのか、カネチカは驚いていた。
「うん………俺がひでぇやつだから」
「そうなんだ」
 カネチカは大した興味がないのか、美味しそうにたこ焼きを食べている。
「ごちそうさまでした!」
 手を合わせて言うと、別の袋をガサガサして、
「ラムネ飲む?」
 と聞いてきた。
「え?いつの間に買ったんだ?」
 カネチカはラムネを一本俺に渡す。自分のもあるのか慣れた様子でラムネを開けていた。
「中のビー玉が面白いよね」
「………面白い………か?」
 俺もなんとか開けて一口飲んだ。冷たくて美味しい。
「あ、金払うよ」
 俺が財布を出そうとすると、カネチカは手を振った。
「さっき遊んだとき払ってくれたからおあいこ。………俺の方が得してるかも」
 カラカラ笑って、ラムネを飲む。ビー玉がカランコロン鳴っている。

「カネチカ………」
「なに?」
「もう俺に付き合わない方が…」
 俺が言いかけたとき、
「俺は、俺の意志で正宗とつきあってるよ」
 キッパリ言われて、俺は驚いた。あんなにめけのことを愛してるのに、その人が嫌ってる俺と付き合うって。化け物の感覚はよく分からない。………けど、正直嬉しかった。
「…………ありがとう」
 カネチカはニコニコしてこくんと頷いた。ラムネを飲み終えたのか、またガサガサと袋をあさる。
「はい。リンゴ飴」
「おお………ありが、とう」
 だいぶ小ぶりになったものの、リンゴ一個分の飴は正直食べ方の正解が分からない。カネチカは、あんず飴を食べていた。いつのまに買ったんだろう。

「あ。」
 カネチカは、すっくと立ち上がった。どうしたんだ?
「まずい。日暮れだ……」
「……ああ。」
「大丈夫?怖くない?」
 何を慌ててるんだろう?と一瞬思ったが、逢魔が時で俺が化け物を見るのを心配しているようだった。
「カネチカがそばにいるから大丈夫だ」
 鬼みたいな角が生えた奴がそばにいるんだから、もし何か出てきても怖くはない。
「うん。………じゃあ送っていくね」
「そこまでしてくれるんだ。ありがとうカネチカ」
 と、言った瞬間俺は家の前にいた。………瞬間移動?

「じゃまたね」

 カネチカはそう言うとふわりと姿を消した。まあ、誰もいなかったから大丈夫だと思うけど、彼らの能力には圧倒される。
 俺は門を潜りながら、家を出たときに感じていたモヤモヤが落ち着いていたことに気付いた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?