長い、長い、休日 第12話
「あ………」
そこで目にしたものに、俺は圧倒された。
何と言うことだろう。こんなことって。これは一体どういうことだ?
そんな俺を見て、アカザは満足げに微笑んだ。
「すごいでしょう。これ、全てマサキの作品なんです」
俺が連れて来られたのは、マサキのアトリエだった。アカザは丁度そこへ向かっているときに俺を見かけたらしい。そこは広々とした平屋で、入って直ぐ作業場になっていた。壁にはぐるりと絵画が飾られている。
それは、全部見覚えのあるもので、中には嫌でも目に付くものもあった。
———これは、俺たちを描いたものだ。
俺たちは、人間に姿が似ているが、ひとつだけ特徴的なものがある。それが、角だ。
ここには、そんな角を持った俺たちの姿が描かれていた。(なぜか全てヌードだった)一見すると、それはファンタジー世界のようではあるが、中でも目を惹いた作品がある。
何枚も描かれている俺の姿だ。
なぜ、マサキはこんなものを描いているのか。地球にいる限り、本来の姿の俺たちを見ることは出来ないはずだ。なのに、なぜこんなに忠実に描いているんだ?
まだ、装備をした俺たちなら分かる。しかし、その場合角などない。俺たちの角は個性があって色んな形があるのだが、どの作品もまるで見てきたかのようにきちんと描かれている。
それよりも、もっと問題がある。
俺はある理由で、人前では仮面を付けている。だから、本来の姿であっても、俺の素顔を知る者はごく僅かだ。カネチカすら知らない。なのに、マサキはそんな俺の素顔をしっかり描いていた。
「なあ、これって………」
俺はやっとの思いで声を出した。喉が急激に渇いていた。
「まるで生きてるみたいですよね。このモチーフが気に入ってるのか、全てこんな感じの作品なんです。中でも、このキャラクターがお気に入りらしくてラフもたくさんあるんですよ」
それは俺の姿だった。アカザはこの作品の人物はマサキの想像の産物だと思っているようだ。まあ、無理はないが。だが、マサキはどうなんだろう。ここまで忠実に描くなんて、偶然なのだろうか?それとも———。
「ラフ……見せてくれないか?」
「あ、はい。少しお待ちください」
「あと、創作のメモとかあれば、それも」
「よほど気に入ってくれたんですね。すぐにお持ちしますよ」
そう言ってアカザは奥の部屋へ姿を消した。俺は、気持ちを抑えながら作品に見入る。ふと、描きかけの絵がイーゼルに掛かっているのが見えた。
「…………うそだろ」
そこには、下塗りで終わっているものの、忘れることの出来ないあの人の姿があった。
「お待たせしました」
その声に我に返り、俺はそこから離れる。手が少し震えていた。気持ちを切り替え、アカザが持ってきた資料に目を移した。スケッチや、メモなど様々なものが机に広げられている。
「マサキさんはいつからこんな作品を?」
「さあ。自分が出会った時にはすでに」
創作の資料は、まるで見てきたかのような生々しさがあった。これは全てマサキの創造物なのか?どう見ても俺たちを見て描いているようにしか思えない。でも、それはあり得ない。更に、あの描きかけの絵。あれは………。
俺は震える手に力を込めた。
「アカザさん、あの描きかけの絵って誰?」
俺の問いに、アカザが例のイーゼルに近づく。
「ああ………これ、初めてなんです。マサキが角のない人物を描くの。俺も聞いてみたんですよ。この絵は誰って」
「………それで?」
アカザはジッとその絵を見つめて言った。
「自分の絵の先生だって言ってました」
俺は、息を呑んだ。
まさか、生きてるのか?
「アカザさん、その先生って今どこに?」
アカザはゆっくり首を振った。
「さあ。詳しく教えてもらう前にマサキは亡くなりました。先生のことも、それしか知りません」
その言葉に、どこかホッとしたのと同時に、やはりあの人が絡んでいたのかと妙に納得していた。マサキはあの人と関係があった。だから、この作品は間違いなく俺たちを描いている。
あの人の目的って一体何だったんだろう。
人の幸せではなかったのか?
いや、それならあんなことにはならなかった。
なら何故あの人はマサキにこんな絵を教えたんだろう?
わからない。
あの人が生きているのか死んでいるかも。目的も何もかも。
「ところで、あなたのことは何とお呼びしたら良いでしょう?」
突然の質問に俺は息が詰まった。
「………え」
「マサキじゃないんですよね?お名前教えていただけますか?」
実に嫌な質問だ。俺はこの名前が嫌で仕方がないのに。
偽名を使っても良いが、それもまた面倒だ。ええい、仕方ない。
「………めけ」
「め?」
「めけ!」
アカザがポカンとしている。くそう、だから嫌なんだ!
「めけ、って言ってるだろ。何度も言わせるな」
「め………けさん」
本当なら、名前も告げずに会わないつもりだったが、こんなものを目にしてしまった以上そうも言ってられない。
俺は、あの人とケリを付けなくちゃいけない。