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【お題】10. 空を飛べる夜

 学校へ通い始めてしばらくすると、夏休みが始まることになった。人に酔う俺にとって、この休みはありがたかった。休み中カネチカは部活があると言ってたし、俺にも部活を誘ってきたが、今の所部活動をする気はなかった。カネチカに内緒でタナカに料理を教えてもらっているのもある。

 妙に浮き足立つ学校内の雰囲気を感じながら、俺は初めてカネチカと使節のいるクラスへ顔を出した。案の定、カネチカに続いて転校生が同じクラスになることはなかった為、俺は彼らとは別のクラスになった。緊張したが、カネチカがことあるごとに顔を出すので、今ではすっかりクラスに慣れた。

「あ!先輩💕」
 顔を出すと、カネチカが直ぐに反応する。……と。
「げ、また増えてる」
 カネチカの側に居た男が嫌な顔をした。あれが正宗か。
「どうも、獅子王めけです。よろしく」
 俺が挨拶すると、正宗は嫌そうな顔をしながら「…お、おう」
 と、小さく呟き、微妙な反応をされた。
「先輩——って呼んでもいいんですかね。お久しぶりです」
 使節がこちらにやってきた。
「好きに呼べばいい。………で、誤解は解けた?」
「ええ、最初はごたつきましたがなんとか。ありがとうございます」
「俺は何もしてないよ。…俺にやれることがあるなら協力するよ」
 俺の言葉に使節は目を輝かせた。

「その事なんですが」

 使節は俺にタブレットを見せた。そこにはアルバイト情報が載っていた。
「アルバイト?」
「はい、夏休みにバイトやってみません?」
 なるほど、彼なりの調査の一環か。
「お友達の正宗くんとしたら?」
「いや、彼は家の手伝いで忙しいようで。カネチカさんは部活があるし」
「そう。………いいよ。何するの?」
 今までの俺なら即断っていたが、使節のサポートをすると決めていたので協力することにした。使節は目星を付けていたのか、とある店を表示した。
「決まるか分かりませんが、こことか考えてます」
 オシャレなカフェのようだった。接客か………なかなか難易度が高いぞ。と、内心動揺したが、乗りかかった船だ。やってみないと分からない。接客で鍛えて人酔いも克服するぞ!
「分かった。………面接と………履歴書?」
「はい。あ、書き方教えますね」
「うん……」
 学校に入る手続きとか、面倒なことはカネチカに任せっぱなしだった。ここは自分でなんとか………って、俺の履歴って………。仕方ない、カネチカに相談するか。


 人間って本当に面倒くさい。が、なんとか履歴書も用意し面接を受けた。結果は二人とも無事に働けることになった。夏休み前から、指導や訓練的なことを学ぶため来て欲しいということで、俺たちは早速バイト先へ向かった。もちろん、学校にもバイト届けを出した。(使節は失念してて、カネチカに指摘されていた)

「緊張しますね」

 顔がこわばり、ガチガチに緊張している使節を見てると、なぜか冷静になれた。そのおかげで、俺は教えられた事をこなせていたが、使節は持ち前の不器用さが発揮され、店内の清掃や品出しなどの担当になったようだ。………何日か通っていくうちに、なぜか俺はドリンク担当になり、やたら長い呪文のような商品を的確に作り、笑顔で客に手渡していた。自分が作ったものを(レシピ通りだとしても)喜んでもらえるのは、なんだか嬉しい。
 今まで感じたことのない不思議な感情だった。

「おつかれさま」

 今日もバイトを終えて、俺たちは店を後にした。すっかり夜になっている。バイトが出来る時間は決まっているけど、夏とは言え20時を回るとすっかり暗くなっている。
「めけ先輩すごいです。かっこ良かったですよ」
「え?ただ作ってるだけだけど」
「僕にはあんなカスタマイズとか多種類メニューは作れません」
「そうか………」
 確かに、使節には不得手な作業かもしれない。
「……あの……」
 使節は急に言い淀んだ。
「お時間あります?」
「うん。大丈夫。どうした?」
 空を見上げて「お願いがあるのですが …」と、顔を赤らめた。

 一体何だろうと思ったが、彼は空を飛んでみたいようだった。夜なら人目につかないと思って、俺にお願いしたようだ。
「そっか、自力で飛べないのか」
「タナカさんの家で綺麗な夜空を見たんです。いつか飛んでみたいなあって」
「いいよ。田舎なら誰も見ないだろうし」
 そう言って、俺は使節の手を掴んで、人目のつかない場所まで移動し、夜空へ向かって飛んだ。何のことはない事だけど、使節はとても喜んでいた。

「わあ!手を伸ばせば届きそうですね」
 一面に広がる天の川が美しかった。見慣れたと思っていたが、妙に感動してしまったのは、使節につられた所為なのか。……カネチカと見たいな、なんて思ってしまったことに自分自身驚いた。………と。

「先輩遅いから心配しましたよ」

 見るとカネチカがいた。そんなに時間は経ってないと思うが、帰宅時間を過ぎて気配も遠くなったのを心配したようだ。
「あ、すみません、僕がお願いして」
「そうだったんですね。ああ、綺麗だなぁ。………ね、先輩」
「うん…」
 俺たちはその後しばらく夜空を堪能した。

 学生ライフを送ることになり、一体どうなるかと思っていたが、こうして遊ぶのも悪くないなと思った。

 

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