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暗箱奇譚 第3話

 圧倒的だった。

 本調子ではないと言っていたが、あれで?というのが本音だ。
 もし、彼の言う本調子になったとしたら、果たしていかほどの力を持っているのか、末恐ろしかった。

 協力を得てまもなく、怪異が発生し俺はノブナガと協力して対処にあたった。彼の使う武器は、歴史の教科書や博物館などに飾られているような古い剣で、それをどこから取り出したのか流れるような動きで化け物を一刀両断していた。………驚いたのは、この時初めて化け物の中には、人が化け物に変化したものがいたと知ったことだった。
 ノブナガが葬った化け物が、なぜか人の姿に戻り倒れている。今まで自分たちが単なる化け物と認識していたものが「実は人間」と知ったときは恐怖した。もしかすると、今回起きている怪異がそう言った特徴があったのかも知れない。
 ノブナガは祓うだけでなく、「救い」を与えるなんてとんでもない力の持ち主だった。先輩が勧誘したのも分かる。

「ありがとうございますノブナガさん」
「お役に立てて良かったです」
 そう言ったノブナガの手には、例の剣は消えていた。あれは、実物の剣ではないのだろうか。よく分からない。
「後のことはお願いします。では、私はこれで失礼致します」
「あ、はい……」
 ニカは?とか色々話はしたかったが、俺は何も言えずノブナガを見送ることしか出来なかった。あの日のニカの態度には思うところはあるが、こうしてノブナガに協力して貰っている以上何も言いようがない。いずれまた顔を合わせる機会もあるだろうし、その時話をしてみようと思う。俺はそんな事を考えながら、倒れた人の元へ行き、様子をうかがった。怪我もなく、単に気を失っているように見えた。気がついたら色々聞くとして、あとは同僚に任せることにした。

 それにしても、ノブナガの力には圧倒された。今まで見てきた人達よりもレベルが違いすぎる。あんな逸材がいるとは驚きだ。彼がいれば非常に心強い。本調子ではないと聞いて、不安に感じていたが、杞憂になった。…………が。

 本当にこの世は理不尽だ。

「え?来られないって……どういうことです?」
 またしても怪異が発生し、俺がノブナガに連絡を入れると、彼に断られてしまった。
「剣が壊れてしまって、残念ですが協力出来ません」
「ええ!?」
 困惑する俺を余所に、ノブナガは短く謝罪すると電話を切ってしまった。俺は呆然として電話を見つめていた。………え、どうしよう。
 俺にはあれほどのものはどうにもできない。かといって放っておく訳にもいかない。………でも、しかし、だけど………。

 駄目だ、とりあえず動きを止めることなら出来るかも………という非常に望みが薄いが、やってみるしかなかった。
 俺は嫌な汗をかきながら、現場に向かう。こうなったら、原因を突き止めなければキリがない。だが、怪異そのものもよく分からない。ハッキリとした原因があるもの、特定の条件で発生するもの、まったく原因が分からないものなど、実に様々だからだ。
 今回の怪異は、俺たちにとってはある日いきなりだったが、何かキッカケがあったのかも知れない。ソレが分かればこれ以上被害は増えないのは分かっているが、そう簡単にもいかないのが苦しいところだ。

 俺が現場に着くと、そこは地獄のようだった。

 顔が真っ黒に塗りつぶされた、人のようなものが関節を無視した奇怪な動きで暴れ回り、銃で撃とうと叩き付けようと、まったく効果がなかった。
 俺は、直ぐに教えてもらった封じの術を奴に叩き付けた。………一瞬動きが止まったが、すぐに術は剥がされ、また暴れている。分かっていたけど、俺には無理だ。
 基本的に俺は「視える」だけだ。付け刃的に術をたたき込まれただけで、一般の人の目にも見えるほどのものには刃が立たない。俺みたいな、貧弱なものでも始末屋には必要な人材だった。それほど人手不足なのだ。

 ………くそ。駄目だ。俺には無理だ。

 俺の目の前では、化け物が暴れ警察官や同僚たちに襲いかかっている。一般的な武器は無効。生半可な術も効かない。あの、圧倒的な力が必要なのだ。

「なんで………こんな………ああくそ、俺は何て半端なんだ」

 忌み嫌われた原因の力が、仕事に繋がったとき本音を言えば「このために生まれてきた」と思ったりもした。この力は無駄ではなく、誰かの役に立つものだと。だが、現実は甘くない。それなりに力を付けたけど、今回の件では刃が立たないし、いざと言う時に何の力にもならない。だったら、こんな半端な力なんていらない。むしろ辛い。こうして、現場に立っていても俺は何も出来ない。ただ、見ていることしか出来ない。何のために始末屋になったのか。俺は歯がゆさで気が狂いそうだった。協力を求めてもこうやって断られる。一時的に期待を持たせて、絶望へ追いやる。まったくこの世は理不尽の固まりだ。

「失礼ですが、あなたは何をしているんですか?」

 その声に振り向くと、見たことない若い男が不思議そうに俺を見ていた。
「あんた誰?」
「始末屋って、ああいうの担当してますよね」
 始末屋を知っているとは、関係者か?それとも……。
「お前は誰だ」
「関係者、ですよ。……始末屋さん。何もしないんですか?」
 関係者。………嘘くさいが、この男は少なくとも俺の素性は知っているようだ。
「何もしないわけじゃない。何も出来ないんだ」
「そうなんですか、役立たずですね」
 かなり失礼な奴だ。俺は相手を強く睨み付けた。が、彼は気にもしてない。
「始末屋って科学の力は使わないんですか」
 奴の眼鏡はスマートグラスだったようで、それを起動させると例の化け物を見つめた。
「そんなもん役に立つわけないだろ。あれは怪異……」
「やっぱり」
 妙に納得したような口調に、俺は耳を疑った。
「なにがやっぱりなんだ?」
 奴は懐からスペアだろうスマートグラスを取り出し、俺に放り投げた。かけてみろというのだろう。しぶしぶ起動させ、化け物を見る。…………と。

「なんだ?なにかの濃度が……」
 大気に存在する物質とは思えないものが、計測されている。化け物そのものからも吹き出しているようだ。これは一体。

「魔素」

「え?」
「禁じられた技術の要。今は失われた………ロストテクノロジー」
 この男は何を言っているんだ?
「これは、罰なんでしょうね、人類の」
「罰?」
 かけていたスマートグラスを外し、男はこちらを見た。
「調査部の夜見といいます。やっと原因が分かってきましたよ始末屋さん」

 夜見(よみ)という男の言葉に、俺は息を呑んだ。



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