【お題】24.夏の花火
大輪の花が夜空に咲いている。ドン!と腹に響く音を立てて、沢山花火が咲いている。美しく、儚い風景だった。
「主様。ここは穴場なんです」
タナカは声をかけた。ここは、タナカの家の近く。開かれた場所から街並みが見え、空には大きな花火が咲いている。
「すごいね。タナカくんは花火は好き?」
こちらに背を向けたまま主が聞く。
「ええ。まあ」
「そっか」
タナカは主の隣に並ぶ。彼は花火を眺めている。色々聞きたいことはあったが、タナカはあえて聞かなかった。こうしてそばにいられるだけで幸せだから。
姿を消したとき、奴隷のタナカすら気配を感じず戸惑ってしまった。自分が思うほど、強く主を思っていることに気付かされた瞬間だった。まもなくひょっこり姿を現して、ホッとしたけど、主はすっかり落ち込んでいて、口数も少なかった。
主も主だが、カネチカも様子がおかしかった。二人の間で何があったのかは分からないが、破局したのだろうか?とタナカは思った。互いに惹かれ合うようになったと思ったが、何が起こるか分からない。そのあと、主はカネチカの元へ帰ったようだが。
「先日は、ありがとう。…おかげで冷静になれた」
「そうですか」
結局、元サヤに落ち着いたようだ。
「こんなおっさんになってから初めての経験だらけで困惑するよ」
相変わらず目線は花火だった。まるで独り言のようだ。
「恋愛ですか?」
「———思ったより難しいな」
主と二人、しばらく花火を見つめた。やがて花火は終わり、静けさが辺りをつつむ。
「終わっちゃった」
主はそう言って歩き出した。タナカはその後を追う。あの時、急に姿を消すほど、なにかがあったようだが、自分を頼ってきてくれたことは素直に嬉しい。単に奴隷だとしても、主の力になれるのはこんなに幸福な気持ちになるなんて思わなかった。
「………いいんですか?カネチカさんと一緒に見なくて」
タナカの家の近くでは、毎年この時期に花火大会がある。その事は以前主には伝えていたので、てっきり元サヤに落ち着いた二人で見に来ると思っていたのだが。なぜか、その夜は主一人きりだった。
「カネチカくんは、部活のメンバーと今頃楽しんでるよ」
「それで僕と一緒に?」
「最初からタナカくんと一緒に見るつもりだったよ」
そう言うと、主は歩みを止めた。
「俺があの日、君の所へ行ったとき言いかけたことがあっただろ」
それは、あの日、主の痛ましい姿を見たときに言いかけたことだった。ずっと疑問に思っていた事が、あの瞬間分かったからだ。ただ、それはあまりに飛躍していたし、なにより残酷だったから、タナカは口を閉ざしたのだった。
「どうしてカネチカくんは、俺に異常に執着しているのか。そして、なぜカネチカくんを大事に扱っている周りは止めないのか」
主の言うとおり、タナカはその疑問をずっと抱いていた。咎人である主をあそこまで想えるカネチカは、かなり異質だったからだ。なので、タナカは昔の記憶を忘れさせられたように、意図的に主を好きになるようにされているのでは?と疑念を抱くようになった。
一見、訳が判らないが、罪深い主に対する「罰」とするなら、これが一番キツいことだから。主は無理矢理カネチカの力を奪った。カネチカに責められるならまだ理解出来る。だがカネチカは主を愛してしまった。しかも、主もカネチカの愛を受け入れてしまった。そこがこの「罰」の恐ろしいところだ。
主は、カネチカの一挙手一投足に翻弄される。いくら「特別」な力を持つ主でも、愛する人には弱い。今、主を傷つけることが出来るのがカネチカだからだ。
「もしかして、カネチカくんが俺を好きになるように、周りから手を加えられてるんじゃないかって考えてた?———それで、俺が苦しむようにって」
タナカは、深く頷いた。
「現に、カネチカさんに嫌われるのを畏れてますよね。だから、先日あんなに…」
「まあ、否定はしないけど。———でも、違うよ。周りは何もしてない」
「そうですか?」
ならどうして、カネチカを止めないのだろう?
「俺も真っ先にそれを疑ったんだ。………でも、なにかされてるなら、特別な力を持ってる俺にはバレるだろ。単にカネチカくんは………変わってるってだけ」
確かに、主なら気付くか。言われるまで気付かなかった己を恥じた。
「もの好きですね」
「俺を目の前にしてよく言えるな」
主は小さく笑った。怒ってはいないようだ。
「なんでカネチカくんが、俺のことをあそこまで執着するのかは分からないけど、意図的にそうされてなくて良かったよ。それじゃあまりにもカネチカくんが可哀想だ」
「———そうですね。なら、なぜ周りはカネチカさんを止めないのですか?」
「言って聞くような奴じゃないだろ、カネチカくんは。それに、あの種族は「特別」にはとことん甘いんだ」
主もカネチカも角を有する種族だが、少し違う種らしい。希少種な主は、それ故捉えられ奴隷にされ「身代わり」にされた。なかなか強烈な人生だ。
「タナカくん」
「なんです?」
「夏が終わる前に、花火をしに来てもいい?」
その時は、きっと二人きりではないだろうけど。
「いいですよ」
主と一緒に花火を楽しむのも、悪くないだろうなとタナカは思った。