暗箱奇譚 第9話
怪異なんて証明できない。立証できない、再現できない。だけど、存在する。厄介なものだ。そんなものに関わっているくせに、俺はニカの言うことを信じられなかった。自分が神なんて、あまりに馬鹿げている。………ニカの言っていることを証明することは出来ない。証拠を見せろと言っても無理だ。そもそも、神だと証明するってどういうことだ?奇跡を起こす?そんなことで神だと認識出来るのか?
「ばかばかしい」
口に出して、その言葉を耳にしたとき、俺は今まで何度もそうやって見限られたのを思いだした。俺自身が一番嫌なことを相手にしている。………ものすごく嫌な気分だ。
先日、俺はニカの言っていたことを報告した。ひねくれた俺は、自分の協力者が、すっかり頭がおかしくなった奴という感覚で話していたと思う。なんせ自ら「神」と名乗り、今現在手放すことも出来ないAIが「ニセモノの神」で破壊しろというのだから。そんな突拍子もない事を実行できるわけがない。だが、部署の彼らは馬鹿にはしなかった。全員深刻そうにしている。その反応に俺は面食らった。………本気なのか?
「羽鳥、この事は花山にも伝えておく。あと、調査部には夜見なんて調査員はいない。………お前はニカの傍にいてくれ」
やはり、夜見はニセモノだったのか。ニカに指摘されていたとはいえ、ショックだった。
「え?ニカのところですか?」
「なにかと知っているだろうからな。現状を悪化させないために監視しろ」
監視したところで、本気で何かしようとしたら俺には止められないと思うが。
「………承知しました」
俺は、腑に落ちないが言うことを聞くことにした。
もし、AIがニセモノの神だとして、なぜ自分を殺すよう進言するんだろう?
魔素を無効化するものを作りながら、呪いで人を化け物にするのは何故?
無効化出来るのなら、わざわざ人を呪って化け物にする必要がない。
AIは何を考えているんだろう?人の手で終わりにしたいのだろうか?
そんな事を考えながら、ニカの店に着いた。開店前の店は静まりかえっている。俺が来るのを知っていたのか、ドアは開いていた。
「………ニカ、いるのか?」
「要ちゃん。こっち」
店の中は明るくて、俺を呼ぶニカの姿がよく見えた。店の奥にある自室に来いという。俺は、複雑な思いのままニカの自室へ向かった。
案内されたリビングは広くて落ち着いた雰囲気だった。
「俺が来るの分かってたの?」
「始末屋とは花山くんと要ちゃんくらいしか接触してないからね。必然的にここに来るのは要ちゃんになるし」
「………そう。あのさ」
俺は席に座りながら、どうしても確認したくて声をかけた。
「ニカは神なんだろ?なんで今は人になってるんだ?」
「神は同時に2つは存在できないからだよ。この世界の秩序が壊れちゃうから」
「そうなのかよ。………で、死者って言ってたけど、どう見ても生きてるよな?」
「人としては「生きて」いるけど。死者だよ。一度殺されたから」
「そう簡単に死んだ神がやってこられるのか?」
死んだものは神であろうとこの世に来られないだろう。しかも人になってまで。
「普通は無理だよ。でも、今の神は偽りの神だからね。僕が創った世界のケジメをつけろって堕とされたんだ」
「ケジメって………神に戻って人を滅ぼすことか?」
「僕は、前にも言ったけど僕自身でそれを実行する気はないよ。できれば人の手で決着つけてほしい。そもそも今の神を創ったのは人間だしね」
ニカは自分の手は下す気はないと言う。だが、こちらで始末なり決着をつけない限り、ニカによって人は滅びるだろう。世界は前のように秩序の整った世界へ変わるのだ。
どう考えても、ニカが手をくだした方が早いだろう。だが、俺たちにとってはそれは最悪の結末だ。最初に神を手にかけたくせに虫が良すぎる話だが。
「……そうは言うけど、今AIを失ったらこの国は混乱するよ」
「それはAIも分かってると思うよ」
「なのに、AIは自分を壊せなんて言うのか」
ニカは、遠くを見つめて「だってAIの創造主は人間だから」と、呟いた。
「AIを失って、怪異はおさまっても他の国と戦争が起きそうだ」
俺は深くため息をついた。AIによる管理を失ったら大混乱どころじゃない。ここぞと神技を持っているこの国は狙われる。…………神技?
「なあ、神技って神の力に匹敵する技術って話だけど、ソレがあればAIが管理しなくても大丈夫なのか?」
「使い方次第だけど。———便利な道具は、使う側によっては凶器になるから」
確かに、それは歴史が物語っている。だが、今はそれにすがるしかないだろう。AIを失うとしたら。とはいえ、どう決めるかは上が考えることだ。俺はただ命令を待つしかない。
「……ニカの事は分かったけど。ノブナガさんは?同じ死者なの?」
その質問に、ニカはノブナガに目配せした。………なんだ?
「羽鳥殿………私は死者ではありません。ニカ殿の守護者です。今はニカ殿と同じく人の姿をしてます」
「へえ、守護者ね。どうりで強いわけだ」
神の守護者となれば、相当な手練れだろう。あの圧倒的な強さは納得出来る。でも、そんなノブナガの剣が俺の力で直せるってどういうことだ?それに、ニカは俺がとっくに知っているとか意味深なことを言っていた。何を隠しているんだ?
「ニカ。なんか俺が関わってる事を隠してないか?」
「………僕が今言ったところで理解は出来ないよ」
「さっきから理解出来ないことを言っておいて何だよ。いいから言ってくれ。気持ち悪いし」
俯くニカに、ノブナガが声をかける。
「私が話をした方が…」
「うん………じゃあ二人で話して」
そう言うとニカは部屋から出て行った。いざ二人きりになると、なぜか緊張してしまう。
「ノブナガさんの剣と俺の力って相性が良いって言ってたけど、どういうことです?」
「守護者は二人でひとつなんです。………私と羽鳥殿。いや、カナメ」
名前を呼ばれた瞬間、俺の胸がズキンと痛んだ。………なんなんだ一体。
「カナメはニカ殿の守護者だ」
その言葉に、俺は息が止まった。———俺とノブナガはニカの守護者?