見出し画像

長い、長い、休日 第4話

【タナカの話1】

 ———時間は少し巻き戻る。

 タナカが大学生としての初めての夏休みをむかえたその日、特に予定もなく夜の散歩に出かけることにした。タナカは今、山奥の一軒家に住んでいる。大好きな祖母の家だったが、リフォームしてすぐに亡くなってしまった。親はこの家をどうするか悩んでいたが、大学が実家より近いということで(それでも車は必要だが)大学進学と共に、この家でひとりぐらしをすることになった。
 共働きで、放任主義の両親の元で暮らした所為か、タナカはなんでもひとりでするのが好きだった。かといって人嫌いではない。積極的には関わらない感じだった。

 家から道を登っていくと、拓けた場所に大きめの池が広がっている。ここは公園的な扱いだったと思うが、あまり人も来ないし、ほどよく手入れもされていてタナカのお気に入りの場所だった。特に夜はしずかで、外灯も邪魔にならず一面に広がる星空は圧巻だった。

 タナカが、その池に向かっていると、急に空がぱあっと明るくなった。
 それは一瞬で、今度は沢山の流星が流れはじめた。今日は何かの流星群が見られる日だったのか?と、不思議に思いながら歩を進めると、今度はゴウゴウと音を立てて大きめの火球が真上を飛び越え、低い音を立てて池のほうへ落ちていった。
 タナカは呆気にとられていたが、直ぐに池へ向かって駆けだした。
「うわ……」
 火球が池に落ちた影響か、辺りはけぶっていて視界が悪い。あちこち火の手が上がっているものの、視界が悪い所為でどこまで火が広がっているのか把握できなかった。
 とりあえず、行けるところまで進んでいくと、近くに見慣れないバイクが停まっていた。もしかすると、あの火球に巻きこまれているかもと思い、タナカは慌ててバイクの持ち主を探した。無事だと良いが、この状況だとそれは難しいようにも思えた。
「あれ?」
 煙の向こうで人影が揺らめいている。タナカは急ぎそちらに向かった。
 ゆらめく煙が次第に晴れ、そこにいるものがよく見えた。それは、細身で背の高い若い男が(チャラい感じがした)大きな袋を持って、何かを押し込んでいる。何を押し込んでいるのかすぐには分からなかったが、その一部がボロンと落ちたとき、それが人の腕だと認識出来た。
「ひ!」
 思わずタナカが悲鳴を上げると、男がこちらに気付いた。
 ヤバイ、逃げなきゃ!
 そう思うが、体が硬直して動けない。その間、男は袋を担いでこちらに向かってきた。

「………あれ?遭難者………?」
 男はそう言って、驚くほどの速さで近づくとタナカをのぞき込んだ。
「ああ。やっぱりそうだ。———こちらレスキュー隊のカネチカと申します。あなたを保護しますのでお名前と所属を教えて下さい」
 見た目も言っていることもチグハグで滅茶苦茶だ。袋に人間を押し込めるチャラ男が、レスキュー隊?しかもチャラ男だからってその名前は…。などと、タナカは混乱したが、ヘタに逆らうと何をされるか分からず、どうしようか頭をフル回転させた。と、こちらを見つめるカネチカの目に、引き込まれる妙な感覚がしてきた。
 見てはいけないと思うのに目が離せない。どんどん感覚が遠くに飛んで行くようで、奇妙な感じがしたとたん、自分がヒトではないという強烈な理解を得ていた。

 なんで、僕は自分が人間だと思っていたんだろう?

 そう自覚したのと、カネチカを自宅へ案内したのは同時だった。
 ——僕はタナカという男の体を奪っている。そうしないと死んでしまうから。でも、どうしてそんなことになったんだ?それに、なんでタナカの記憶が僕にあるんだ?
 不思議に思い、タナカはカネチカを連れながら自分の状況を説明した。
「記憶が混濁してて、この体の持ち主の記憶が自分のものだと思っていたようです。肝心の自分の事がまだ分かっていませんが、とりあえず、家に来てください。誰もいませんし、このままあそこにいたら人が集まってきますから」
「たすかります、えっと…」
「タナカです。といってもこの体の名前ですけど」
「では、タナカさん。すぐに修復作業をしたいので、空いている部屋を貸してください」
 そう言って、カネチカは袋を指さす。
 その時になって、この袋に入っているのはヒトではないと察しが付いた。
「はい。……その、中に入っているのは?」
「ああ、先輩が緊急避難してて、でもガワがぼろぼろで危ないんですよ」
 緊急避難…つまり、それは原生生物(ヒト)で、多分あのバイクの持ち主だろう。先輩ということは、同じレスキュー隊か。そう頭でまとめながらタナカは家に着くと直ぐに空き部屋へ案内した。
「どうぞこちらを使ってください」
「ありがとうございます。あ、この作業が終わったらすぐにタナカさんのことも対処いたしますので、もう少しお待ちください」
「僕のことは後で良いので早く修復を」
 はい、といってカネチカは部屋に入ると、振り返り
「すみません、修復作業中は絶対に中を見ないでください」
 そう言ってドアを閉めた。
 端から見る気はなかったが、その後悲鳴のような鳴き声のような分かりたくない声が響いたのは、とても気味が悪かった。

 そんな状況が一晩中続く一方、案の定消防や警察が池へ向かったのか外がやたらと騒がしかった。

 タナカの夏休み1日目はこうして過ぎていったのだった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?