ある使節の記録 第1話
———これで死んだのは何回目だろう。
私は川からなんとか這い上がった。それにしても今回は酷い目に遭った。原生生物(ヒト)の子供として交渉前の調査をしていたが、この作戦も失敗だったのか。だが、大人だったときも失敗を繰り返し、何度も命を失った。
やはりヒトとは交渉は無理なのだろうか?
折られた首をなんとか調整し、入り込んだ水を吐き出す。体中がボロボロだが、なんとか動けるように補修しておいた。………さて、どうしたものか。…と。
「大丈夫ですかー?」
チャラい見た目の男が、ふわりと私の目の前に現れた。
「———なんとか」
ふうと息をついて私は答えた。あの格好は救助隊か。例の角を有する種族だ。
「あれ?………珍しい。使節の方でしたか。ヒトと同盟を?」
「ええ。正確には、その前段階ですが」
「へぇ。同盟を結ぶのはまだ早いかも知れませんね」
ニコニコと救助の男は笑った。こう何度も殺されるのを経験していると、心の底からそう感じるが、簡単に諦めるわけにもいかない。使節に選ばれた以上、もう少し調査が必要だ。
「子供の姿なのに、やられちゃったようですね」
「ええ。兄とはぐれてしまって。………やられました」
闇の中に現れた凶暴な原生生物(ヒト)に、私は筆舌に尽くしがたい事をされたあげく、首を絞められ橋の上から放り投げられた。ヒトはやさしい面と凶暴な面の差が激しい。
「何かお手伝いしましょうか?」
救助の男が心配そうにのぞき込んだ。月夜に男のピアスが光る。ネコのような形をしていた。
「いえ、もう少しこのまま調査を続けます」
「そうですか。では、失礼しまーす」
ぺこりと礼をして男は消えていった。私はそれを見送ると、ゆっくり立ち上がる。
もう少し、ヒトの子供として生活を続けてみよう。ヒトの情報をこの身で収拾し、交渉に値するかどうかを見定めなくてはならない。私には時間はたっぷりある。
青く冷たい月がそんな私を見守っていた———。
あれから数年が経ち、私は高校生になっていた。この地球には、私のように異星人が紛れ込んでいる。例の救助の男のような角を有する種族(有角種族)が殆どだったが、寄生種と呼ばれているものに寄生されている原生生物(ヒト)もいる。多分、私よりも有角種族のほうが、ヒトに詳しいのかもしれない。私は、そういった人類と呼ぶ種族と外交関係を結ぶ為の使節で、その星の種族の情報を最低限与えられ、この身ひとつで交渉をする。余計な争いを防ぐため、交渉は一人で行い、その種族と同じ形を模し、武器は持たずに行う。そのため危険な目に遭うことは必須で、殺されることもある。だから、私は不死の能力を有していた。その他特殊な能力は有しているが、有角種族のような攻撃的な能力ない。
初めてこの星へやってきて、はたして私は何回死んだのだろう。
一からヒトとして暮らして、情報を収集することにしたが、それだけでも前回一度殺されてしまった。ヒトというのはなぜこうも同族を殺すのだろう。意味がわからない。
その一方で、深い愛情を有している。………彼らは矛盾している。彼らと交渉すべきなのか。今の私には分からない。
「春樹………起きてる?」
ドアの向こうで兄の声が聞こえる。兄と言っても実の兄ではない。調査のために私が弟として潜り込んでいる家族だ。兄は、私が事故に遭った(死んだ)原因が自分の所為だと思い込んでいる。その所為か、かなり心配性になってしまった。
「どうしたの?」
「……入ってもいい?」
私が返事をすると、そっと顔を覗かせる。
「眠れないの?」
その問いに、兄は困ったように頷いた。もう大学生のはずだが、未だに睡眠障害があるらしい。ヒトは繊細で複雑で単純で分からない。
「一緒に寝る?」
「………うん」
そう言うと、兄は私のベッドに潜り込んだ。一気にベッドは窮屈になる。ギュッと私を抱きしめて、兄は安心したように息を吐いた。
兄は、私がいないと眠れない体になってしまった。
被害に遭った私なら分かるが、何故兄がそうなったのか分からない。
———私にはヒトを理解することが出来るのだろうか?