演劇『鎖骨に天使が眠ってる』

『鎖骨に天使が眠っている』韓国の再演を観劇。
調べてみると日本の戯曲だしこれなら聞き取れるかも…と軽い気持ちでチケットを取ったこの作品。
登場人物みんながそれぞれの痛みを持っていて、胸が痛くて苦しいけれど、とても暖かくて救われる そんなお話です。作品を観ながらあんなに泣いたのは久しぶりです。公演終わり、茫然としながら劇場を後にしました......

あらすじは上記サイトに掲載されているので省きます。

今回のキャストはこちら!
初演の時のラジオの映像を見てみると、パダさんが『ヴィーダーシュタント』(これまた素晴らしい作品なのですが)でイダムさんと共演したときに仲良くなられて、イダムさんを製作陣に推薦したという素敵なお話もありました。
以下がそちらの映像です。

もうどの俳優様も熱演。
あらかじめ戯曲を読んでいたので、文章で感じたイメージとは違って「そこはそう演じるんだ!」とか、この戯曲でも特に印象的な最後の場面の演出だったり、大満足でした。もっとほかの組み合わせでも観たかったのだけど、まっこん直前だったのがとても残念。

ここからはネタバレばかりなので、ご注意くださいませ!

この作品がどうしてこんなにも刺さるのか、おそらく日常でふと感じるけど気付かないように目を逸らしている感情たちをまじまじと感じさせてくれるのが魅力の一つなんだろうと思います。
例えば、この作品の大きなテーマである大切な家族と友人との別れであったり、大好きな友人に対する憧れや嫉妬とか、ふとこの世界から消えたくなってしまう気持ちとか。

冒頭で英語を勉強した義男が、イギリス英語の発音では「what do you do today? 」が「what do you do to die」に聞こえるという場面があるのですが、「今日何するの?」が「死ぬために何をするの?」に聞こえる。
これまた作品を象徴するなと思っていて。
結局人間っていつかは必ず死んでしまうし、日々生きることは即ち死に進んでいるということと同義なのですよね。
死ぬまでに何をするのか、どういう風に生きていくのは、そんなことを私たちに教えてくれる作品です。

感想

この作品に登場する皆が大好きですが、「共感できる」という点では、やはり一恵が真っ先に思い浮かびます。
一恵というと、冒頭での沖縄旅行のくだりで、お母さんから「あなたたちはきっと沖縄に行けるの!」とビキニを渡してもらうのが戯曲から追加されてたかな?女子二人が振り回したビキニが透に飛んでってまんざらでもない顔の透に大爆笑の客席でした!笑
沖縄の下りからも分かるくらい柚香と仲良しな一恵ですが、
轢かれた猫の処理をしにいく柚香を見る一恵、好きな人が柚香に告白したと語る一恵には、どこか柚香に対する劣等感や嫉妬が見えるんですよね。
柚香のことが大好きだけど、近くにいるから自分と比べてしまって、いつも柚香が一歩先にいて。「柚香みたいになれるかな?」という一恵の台詞はとても印象的でした。
透に「付き合う?」と聞くのも、きっと透のことが好きというより、「こんな私でも誰かに好かれてる」と思いたかったのかなとか考えながら、胸が締め付けられます。

でもなかでも一恵の大好きな場面は、自分の下着をつける義男の部屋に飛び込んでいく場面。ここは義男の痛々しさにも涙が止まらないですが、一恵の優しさにもまたまた涙が止まらないのです……
部屋の中を覗いて一度は目を背けるんですが、両手のこぶしをぎゅっと握りしめて意を決して部屋に入っていくゲリムさんの一恵。ぼろぼろに泣いてる弟に対しても、いつもみたいに明るく「サイズがあってないじゃん!」と声をかけて口紅を塗ってあげようとする一恵の優しさたるや。
義男にとってどれほど一恵がおおきな存在だったのかが伝わってくる、とても大切で大好きな場面です。

テキストとはどこか印象が違ったのが拓次でした。
戯曲を読んだときは、義男を京都の小さい村から引っ張り出してくれる飄々としたお兄さんみたいなイメージがあり、テキスト読んだときはあまり印象が強く残ることはなかったのですよね。勿論最後の場面は除いてだけど。
ところがヒョンフンさんの拓次は、登場シーンからインパクトが強い強い!
登場シーンのヒップホップがあまりにも面白くて客席も大爆笑でした。笑
お衣装のテーマはアメカジで、昔ヒョンフンさんが着てらしたお洋服と勉強放送でお話しされていた記憶があるような…(ちがったかな?)

拓次は全体的に影があったというか、よくよく戯曲を読み返すとかなり影があるのですが、舞台で見るとそれがより感じられました。
義男のことを見ながら「君は俺と似てる」とフっと悲しそうに懐かしそうに笑うところ、昔は死にたかったのだと独白する場面で流していた涙だったり、周囲とどこか違うのを自分に感じつつも、自分の居場所を探しながら海外に行った彼の大胆さや、胸にあるわだかまりとどうにか折り合いをつけながら生きてきた様子が、どこか義男と通じるように見えたのが面白かった。
義男が初めてお父さんに反発する場面も、父親が去った後、
台本では拓次は「義男くん、言い過ぎだよ。」と去っていくのですが、
ヒョンフンさんは複雑な顔をしながら、何も言わずに義男の背中をバンっと叩いて去っていくんです。私はこのときの拓次が本当に大好きです。
義男に「言い過ぎだ」という意味で背中を叩いているとも勿論とれるけど、きっと義男と似ている拓次だからこそ彼の気持ちがわかる部分もあるだろうし、どこか「よくやった」と義男を慰めているようにも見える気がします。

そしてこの作品の柱でもあるパダさんの義男なんですが、実はパダさんの演技をみたかったというのも今回観劇した大きな理由のひとつ!
私はこの日のパダさんを一生忘れられないというか、忘れたくありません…
パダさんの義男は誰よりもあたたかくて、優しくて、頑固で不安定で掴めない、テキストを読んでできあがった私の中の義男がそのまんま目の前に存在していました......
韓国語での一人称は「나」なので特に区別もないのですが、パダさんの義男の一人称を日本語に訳すなら「僕」でもあり「俺」でもあるような、このなんとも不思議で曖昧な雰囲気をまとっているのが本当に素晴らしい。

透と再会する冒頭、自分のせいだって言えよ!と透に詰め寄る場面も、さっきまでへらへら笑っていたのに、ほんとに急に予想もつかないくらいに激昂していて、冒頭からかなり不安定な義男なんですよね。大好きな友人である透に「새끼야!」(日本語ではこの野郎!みたいなニュアンスの相手には失礼な言葉です)と叫んでるのがとても印象的でした。これ、透ではなくて自分に言っていたのかもと今思えてきましたが。
前述した一恵の下着を付けながら自分の胸を何度も叩く場面も、あまりに痛々しくて直視できないくらいでした。かなり筋肉質なパダさんの背中がとっても小さく見えるのです。それをカーテン越しに見つめる私達観客、私の周りの人たちもすすり泣いていた人がたくさんだったような。

私は最後まで結末を知って観ていたからなのですが、透に「お姉ちゃんのこと好きなんだろ?」という場面も、どこか寂しそうな表情なのが切ない。
あとから柚香先輩から透に伝えられることですが、一恵と透をくっつけようと義男は柚香先輩に持ち掛けてたんですよね。義男が透に抱いていたのが恋心なのかははっきり描写されているわけではないけど、パダさんの義男の透への気持ちは若干恋心のような感じがあったような。
この部分て他のキャストはどうなんでしょう。
透の前でストリッパーごっこしたり、浴衣を着て「セクシーでしょ?」と言うのもそうですが、最後の花火大会の場目、演出では最後に透と義男で手を繋いで花火を見るのも、恋心なのかなと思ったりもしましたが、義男の気持ちは義男のものだから私達が外から決めつけることも愚かなのかもしれない。

一恵が亡くなった後の義男は、それまで以上に不安定で、そんな義男が柚香先輩から「니 쇄골에 카즈에가 참들고 있습니다」と言われた瞬間、これでもかと言うくらい溢れ出す涙に、こちらも涙が止まりません。
あんなにも子供みたいにぼろぼろと涙を流す人を見たのは生まれて初めてかもというくらい…パダさんすごい俳優さんだほんとうに。義男にとって、これが大きなきっかけとなって、生き方がみるみる変わっていく様がとても良かったです。
拓次と出会って、写真を撮ってもらうときも、最後は確か鎖骨を大事に抑えたポーズで写真に映っていた気がします。
それまでの義男は自分に正直になれなくて、きっと世界を少し斜めに見てしまって窮屈さを感じていたのかなと思いますが、柚香先輩の言葉を聞いて、拓次と出会って、きちんと正面から世界を見られるようになって、自分に嘘をつかずに生きているような。

たしか開演前に「最後の数分間過激な描写があるから、気分が悪くなったら無理しないでください」みたいなアナウンスがあった気がする最後の場面。
こんなにも苦しくて席を立ちたくなったのは人間風車のとき以来かもしれない。
誤解を招くかもしれませんが、見れないほど酷いとかじゃ決してなくて、俳優陣の演技や演出の凄さに自分もその場にいるようか感じがして怖くて逃げたくなるような気持ちです。
一瞬は後ろで話を聞いてる皆が緑(か赤色?)の照明で浮かび上がるけど、それ以降の5分くらいは真っ暗な中で義男と拓司の口から、2人の最期が語られるという。
真っ暗なので2人がどこにいるかも見えないのですが、語りながら2人が舞台上を行ったり来たりしていて、いろんなところから声が聞こえてきます。
とても悲惨な言葉の数々、目の前には何も見えないからこそ頭の中でその言葉が映像として思い浮かんできて、ただただ苦しかった。言葉だけでもこんなにも苦しいのに、2人の経験した苦痛はどれほどだったのでしょうか。
客席からもすすり泣きがあちこちから聞こえてきました。これは苦しいよねと思いながら私も涙がぼろぼろ。
でもそんな場面の最後に義男が明るく叫ぶのが

멀어지는 의식 속에서 토루! 네가 보였어.
넌 내 진짜 친구였어. 넌 내 유일한 친구였어!!

薄れゆく意識の中で お前が見えた
楽しかったな お前は友達だった
お前は唯一の友達だった

https://playtextdigitalarchive.com/drama/detail/520
上演台本より引用

ちなみに日本語だと上のような台詞です。
テキストからは呟いてるように思ってたけど、パダさんの義男はどこか嬉しそうに大声で叫んでたような気がします。
こんな苦しい状況の中で、最後に見えたのが大好きな透で良かった。今までとても辛い思いをして閉塞感に包まれていた義男が少しでも幸せになれていたらなと願うばかりです。

そんな苦しい場面の後、姉の浴衣を着て「섹시하잖아?」(語尾は違ってたかな)と登場する義男。
それを迎える透もまた涙でいっぱいで、こんなにも泣いてる人を見たことがないほどでした。
「너, 십 년 전에 불꽃축제 안 왔었지? 나 진짜 기다렸는데.」
と呟く義男は、ふざけたようででもどこか悲しそうに笑っていました。そんな義男と腕を組みながら、ますます涙がぼろぼろ流して花火を見る透。
ここから透が義男の納棺をするために「실레하겠습니다」とお辞儀をして、義男に口紅を塗ってあげるラストシーン。泣きすぎて体から水分が全部抜けてしまいます。

ふとに言及していなかったことに気づきましたが、
イダムさんの透もこれまた素晴らしかった。
少し義男よりお兄さんな感じで、高校生のときもどこか落ち着いた印象があります。クラスで1人の子をほっとけないような。
これまた前述のラジオでパダさんが、義男と透の出会いを自分で想像したというお話が、1人で虫と遊んでいる義男に声をかけてくれたのが透だったというのでした。本当にそんな感じで、めちゃめちゃ優しい透。
冒頭義男と透の再会の場面、とっても気まずそうな顔をしていて、高校生の時とは声のトーンは勿論、絶えず義男に申し訳なさそうな顔で。
突然姿を消した親友が、自分のせいで死んだのかもしれないという罪悪感がとても強くて、納棺師になったのもきっとそれが大きなきっかけだし、でも心の中ではどうにかして義男の死から逃げたくて必死な透。
そんな透が最後はきちんと彼の死を受け止めて、前に進んでいく成長ぶり、とっても難しいことのはずなのに…。
イダムさん、話し方がとても暖かくて素敵でした。声を聞いていてとても心地よくて優しくて。また違う作品でも観れたらいいなぁ。

鎖骨 本当にどの瞬間も素晴らしくて一生忘れたくないのに!どんどん忘れていってしまう!!!
いつか必ず日本でも観てみたいです。
日本語版は関西弁で描かれているので少々荒々しい雰囲気もありますが、という私は関西圏の人間なので荒々しさというより暖かさを感じる部分もあり、ぜひぜひそれでみてみたい。
韓国版はあえて方言ではなくしたと聞いたので。
素晴らしい作品をありがとうございました。
きっと私の人生でとても大切な作品になったと思います。
大切な人と別れる時がきても、柚香先輩の言葉を思いだして、皆の人生を思い出しながら生きていきたいと思います。

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