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連載小説『鳴子岩金成乃の小賢しき哉、人生』 -Prologue-

令和七年。夏を迎える直前、竹中平蔵がバ美肉した──どうやら、世界の終わりが近いみたいである。
思えば去年の三月に成田悠輔の過去の発言をキッカケにキリンが炎上した事が、何もかもの始まりだったような気がする。
……だって、燃えるキリンは宇宙の終焉の予兆であるのだから。
このまま七の月を待たずして人類は滅亡するのだろうか。

明日から三日間、我が小袖沿高校の文化祭が始まる──。


◆   ◆    ◆


生徒会長・松毬まつかさあずさは姿勢が良い。胸を張り顎を引き、その立ち居振る舞いは溢れ出る自信で全身を武装した侍のようである。
青いサテンのリボンで結った艶のある長い髪をたなびかせ、一枚の紙を片手に生徒会室の扉を勢いよく開けた彼女は、部屋に入るなり生徒会の面々に対して親指を立てて見せた。
「通ったか松毬!これで今年の文化祭を我々のコントロール下に置く事ができるな!」
生徒会書記・積丹しゃこたん紫蘇彦しそひこが目を輝かせる。
松毬は生徒会室中央の長机に持っていた紙を置いた。校長の承認印の捺されたその紙は“学内通貨コソコイン”に関する申請書類だ。
「学内通貨『コソコイン』システムの履行と、その発行権を生徒会が持つ……文化祭担当主任である中元先生からの言質はしっかりと録音し、既に学内の共有サーバーにアップロード済みだ。これで誰にも文句はつけられない」
松毬は不敵な笑みを浮かべながら部屋の奥の会長席に移動し、肘置き付の回転チェアに腰掛けた。
「しかし、よくこんなギリギリで通してくれましたね」
生徒会会計・翡翠ひすい牛鬼ぎゅうきが申請書類を手に取り目を通す。
書類の右上に手書きされた日付は令和七年六月二十四日。文化祭前日である今日の日付だ。
「ギリギリだからこそ、だよ。中元先生はああ見えて押されれば弱いからね、文化祭での支払いが現金であった場合に想定されるトラブルをいくつか上げれば簡単に認めてくれた」
「おまけに生徒会は予めシステム履行に向けて根回しと下準備は整えていたわけだからな。実行委員長の田﨑にも数日前から話を通していたし……それに翡翠の準備したプレゼン資料のクオリティーも高かったしな!流石は俺が後任に選んだ会計だ!」
積丹は翡翠に近寄ると肩を組み脇腹を突っついた。
「ちょっ、やめてくださいよ積丹先輩」
松毬は戯れ合う二人を見て眉間に皺を寄せた。
「積丹先輩。お願いしていた仕事の方は?」
積丹は翡翠を突っつく手を止め松毬の方に振り向く。
「問題ない!美術部にも話はつけてきた。既に入り口アーチ横に第一換金窓口を作ってくれてる」
「ただ一点、懸念があります。開会式前の換金窓口がアーチ横だけだと混雑が予測されませんか?後の時間帯に窓口を設置する各所についても積丹先輩から話はつけていますし、初めから全ての窓口を開けていても良いと思いますが」
翡翠はくっついたままの積丹を引き剥がしながら、松毬に指摘する。
「いや、開会式前の時点で確実にコソコインが生徒たち全員の手元にある事が重要なんだ。初めから窓口が各所にあればコソコインを換金しない生徒が発生しかねない。開会式を待ってから一年教室や部活棟にも換金窓口を開設する流れは変更しないよ」
「……なるほど」
口ではそう言いつつも、翡翠は松毬の判断に納得がいかない様子である。
「ま、我らが生徒会長様のお考えだ。心配はいらないさ」
積丹が翡翠の肩を持ち、優しく微笑みかけた。
時刻は十八時半、生徒会室の窓のブラインドの隙間から射していた光が変化する。夕陽が少しずつ沈んできているようだ。
「……そういえば」
松毬が立ち上がる。
「副会長なら印刷室です。絶賛コソコインを印刷しているところですよ」
翡翠が伝える。
「ありがとう、翡翠」
松毬は胸ポケットから小さい櫛を取り出して軽く髪を整えた。
「コソコイン承認の件を副会長にも報告してくる。二人は夜間残留申請をしていない団体や生徒を十九時までに帰宅させてくれ」
積丹と翡翠にそう告げ、松毬は生徒会室を出た。
「……僕は換金窓口、絶対多い方がいいと思います」
松毬を見送ったのち、翡翠がそうぼやく。
積丹は「まぁまぁ」と宥め、翡翠の背中をぱんぱんと二回叩いた。
「……さて、俺たちは今日中に済ませられる事を済ませて明日に備えようぜ。最後の文化祭は悔いなく終えたい」
声には寂しさがありつつも清々しい表情を浮かべる積丹の横顔を見て、翡翠の拳に力が籠る。
「はい。先輩の最後の文化祭、僕が必ず成功させますから」

◇   ◇    ◇

印刷室のドアを開けて松毬が入ると、床にはコソコイン紙幣の柄が並べて印刷されたA4用紙が大量に散らばっていた。
室内に設置された六台の業務用大型プリンターが全て稼動し、ドゥドゥドゥドゥ……と音を立てている。印刷済みの用紙がプリンターの取り出し口から溢れて床に流れているようだった。
「すみません会長、落ちている紙をまとめていただいてよろしいですか」
部屋の奥の机に設置された裁断機で用紙を裁断しているのは生徒会副会長・邊見へんみ八雲やくもだ。
足元の紙を一枚手に取った松毬が、コソコイン紙幣の柄が両面に印刷されている事を確認する。
「印刷ありがとう。裁断、私が変わろうか?」
「いえ、それは自分で。会長は紙をまとめて机に置いておいてくだされば」
「……」
松毬は黙って床に散らばった紙を拾い整えると邊見の作業している机に置いた。
「ありがとうございます。会長が来られたので事情は全て把握できました。明日から文化祭ですし、今日は早めにご帰宅された方が良いかと思います」
「……そう」
それを聞いた松毬は俯きながら印刷室の出入り口まで向かうと、部屋から出るのではなくガチャリと扉に鍵をかけた。
「……どういうつもりです?」
作業を止め、松毬の方を向く邊見。眼鏡をくいと上げてよく見ると、松毬は顔を上げ、邊見を見つめていたずらっぽく笑みを浮かべている。
「わかってるくせに」
プリンターの稼働音が室内に響き渡る。
松毬は邊見に詰め寄り、ゆっくりとその胸に抱きついた。
「ねえ。学内通貨、申請通したんだよ」
「ええ。まずは作戦の第ゼロ段階成功ですね」
松毬は物欲しげに首を振る。
「……よくできました」
邊見は松毬の気持ちを察し、頭を抱き寄せ優しく撫でた。
頭を撫でられた松毬は照れを隠すように邊見の胸に顔を埋める。
「満足しましたか?そろそろ作業を再開したいのですが」
邊見が松毬に問いかけると、松毬は抱きついたまま顔を上げた。
「やっぱり私も手伝うよ、印刷自体もまだ全部終わってないでしょ」
二人が抱き合っている間にもプリンターの取り出し口からは紙が溢れて床に流れ落ちていた。
「夜間残留申請は出してますか?」
「ふふっ、生徒会長だから関係ないんだ」
「……悪い子だ」
松毬は背伸びをして邊見に軽いキスをする。それでようやく満足したのか、邊見の胸から離れると落ちている紙を拾い始めた。
邊見も松毬が抱きついてくずれた制服の襟を正し、裁断作業に戻る。
「文化祭、彼氏さんも来るんじゃないんですか?」
「……来ないよ。そんな事より文化祭自体の方が大事だ」
松毬は拾い集めた紙を先ほど机に置いた紙束の上に積み重ねると、裁断機横に整えて置かれた裁断済みのコソコイン紙幣一枚を手に取った。印刷に使われたインクは特殊なインクで細かいラメのようなものが混ざっており、傾けると紫色や青色にキラキラと反射する。
「私はこの文化祭、絶対上手くやらなきゃいけないから」

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