坊さんfeatトイプードル
去年の3月頃、祖母の四十九日の為朝から実家に帰った。
当時は実家と同じ地区で一人暮らしをしていた為、自転車で5分走るとあっという間に到着した。
家に着いてリビングへと続くドアを開く…すると真っ先に飛びかかってくる者がいた。
ソイツは実家で飼っているトイプードルのココちゃんだ。
彼女はその半年ほど前に実家に招かれたワンちゃんだった。
大変人懐っこくて、初めて会った時から暫く僕の元から離れないほどフレンドリーな犬なのだ。
会ってから今まで吠えているところを殆ど見たことがない。
おとなしくて行儀がいいお利口さんなのだ。
リビングでも柵を開放してもらえるほど落ち着きを放つませた奴だった。
僕も実家には、ココちゃんに会うのが楽しみで帰るという目的も大半を占める。
ウチ(今後実家とします)には2年ほど前まで飼っていたチワワのマックという奴もいた。
マックという名前は、中々名前が思いつかず2.3日悩んだところ、その日のお昼にマクドを食べたからという理由だけでマックと名付けられたのだ。
ソイツと僕は12年間ほど過ごした経験があったので、犬の扱いには十分慣れていたのだ。
マックはというと、ココちゃんに比べると落ち着きが全くなく。リビングを走り回ってはソファーの上でウンコをするやんちゃ犬だった。
そんな暴れん坊だったので残念ながら、開放権の夢は叶わずおとなしく檻の中で過ごさせられることとなった。
常に吠え続けるマックを黙らせるために、しつけ用の器具を購入したことがあった。
その器具は首輪のようになっており、犬がワン!と吠えるとその器具の中から水がプシュッ!と飛ぶシステムになっていた。
吠えると水がかかってくるから、それを嫌がる犬が直に黙ることだろうというめちゃくちゃ荒治療な方法だった。
しかし、この器具にはある重大な欠点があった。
それは、犬が吠えることに反応するということは、我々の話し声にも反応するということだったのだ。
晩御飯中、テレビを見て大声で笑ったりすると、何もしていないマックに水がかかってしまい何のしつけにもならない。
マックからしたら迷惑な話だ。
何もしていないのにー水てーーー!というなんとも可哀想なことが起こってしまうのだった。
マックからしたらこの水がどのタイミングでとんでくるのかが分からないのでただの恐怖でしかなかっただろう。
ましてや、大人しく寝ていただけなのに水がかかって目が覚める。
つまり、この器具は犬からしたら損しかないただのガラクタなのだ。
それ以来、その器具は我々からゴミの日を心待ちにされてしまうこととなった。
そんな、先代のマックを経て、今はココちゃんがウチにいる。
リビングにてココちゃんと戯れ合う時間が続いた。
抱っこしたり、無意味に顔を近づけてみたり。
そして間もなく、午前中にお坊さんがやってくる。
とりあえず準備をしないと。
僕は実家にある喪服に着替えて、髪の毛もある程度綺麗に保ちながらお坊さんの到着を待った。
予定は11時から…しかし、10時半頃に突然インターホンが鳴った。
モニターを見る。
…お坊さんだ!
予定よりだいぶ早く来た。
てか、いつもこのお坊さんは入り時間がやけに早いのだ。
何でもっと余裕を持って来てくれないの?
いや、余裕を持ってるから早く来るのか。納得!
急いで我々は準備に取り掛かり、お坊さんをお招きする体制を取った。
準備が整い、インターホン越しに「どうぞー!」と声をかけた。
その数秒後お坊さんがリビングに入ってきた。
「どーも、こんにちは。本日はよろしくお願いします。」
「こちらこそお願いします。」
軽く挨拶を済ませる。
すると、そのお坊さんにココちゃんが飛びつきに行った。
ワンワンワーン!
ココちゃんの人懐っこさはここでも発動される。
お坊さんの元からなかなか離れようとしない。
「はーい、おーよしよしよしー」
うちに来てくれるお坊さんもえらく優しい方なので、戯れあってくるココちゃんを全く嫌がる様子はなかった。
そして、時刻は11時を指す。
お経をあげる時間が来た。
その間、ココちゃんをリビング無法地帯に話すわけにはいかないので普段あまり入れられることのない檻の中に入ってもらった。
家族5人座布団を敷いた上に正座をしてお坊さんのお経を後ろから見守った。
間もなくして、お坊さんがお経をあげ始める。
「なまんだーーーなまんだーーー…」
部屋の中でお坊さんのお経だけが響き渡る。
こういったお経は結構長い。
ずっと正座で聞いておくのも少し辛くなってくる。
この間、ものすごく気が遠くなっていく。
正座で足が痛くなって来た。
…そんなことを考えていた中、途中からお坊さんの声以外にも別の声が聞こえ始めたことに気がついた。
「クウウウーーーーン、キャウウウーーーーーン!」
ココちゃんだ。
ふと目をやると、檻の間から顔を出してこちらを必死に見ている。
普段入らない檻に入れられたから、彼女の寂しさがこのタイミングでピークを迎えてしまったらしい。
「クウウウーーーーン!」
檻の向こうから甘えた声を響き渡らせる。
早くここから出してー!私を迎えに来てー!
とでも言っているのだろうか?
「クゥーーーん、くうーーーン、クウウウーーーーン!」
マジで今だけは黙っていてほしい。何度もそう思った。
普段どれだけ甘やかされているのかがハッキリと分かる。
一向に大人しくなる様子がない。
それどころか甘え声はどんどん激しくなるばかりだ。
「ぐうううーーーーん!クウくうクウーーーーン!」
「キャウウウーーーーーン?」
あーもううるさい!
気が散って仕方ない。
だが、その間もお坊さんのお経は続く。
「南妙法蓮華経」
「クウウウーーーーン!」
「世尊妙相具」
「キャウウウーーーーーン!」
お坊さんとココちゃんがセッションしている。
お坊さんのお経にハモリが入ってきている。
お坊さんfeatココちゃんのパフォーマンスが今、ここで行われている!
少し余計なことを考えてしまった。
お経に集中しないと!
周りを見ると、姉、弟、母親もずっと笑っている。
堪えきれずについ吹き出してしまうものまでいた。
あーー!早く終わってくれーー!
そしてようやく、短いようで長かったお経が終わった。
早速檻の方へ行き、ココちゃんをリビングに出してあげた。
するとココちゃんは、また真っ先にお坊さんのところへ走っていった。
「おーよしよしよし!寂しかったねー!」
ほんでなんでトップが坊さんやねん。
どんだけ気に入ってんねん。
お坊さんがお経をあげてくれたけど、ココちゃんがセッションしていたせいでおそらくお経の内容変わってもうたやろ。
これ儀式やり直さなあかんのちゃうんか。
お経を終えた後、お坊さんと少しお話をした。
どうやら、犬を飼っている家では今回のようなことはよくあるらしい。
だからお坊さんも慣れているから全く笑わなかったのか。
何故か納得した。
そしてら要件を終えたお坊さんは軽く我々とお話をした末、自転車に跨り帰っていった。
その後ココちゃんは、お坊さんが出ていったリビングのドアの前から中々離れなかったのだった。