お前ら連携どうなってんねん
人生で一度、パトカーに乗ったことがある。
いやいや、何も悪いことはしていないんですよ?
でも実際に中に入れられたことがあるのは本当の話。
社会人の頃、僕は基本的にスーツでの出勤をしていた。
別に必ずスーツを着ないといけないという決まりは無く、周りの同期も私服で出勤していることがあったのだが、僕の中では社会人ならビシッとスーツを着て出社するべきだ!というマイルールがあったのだ。
だが、それとは裏腹に靴に関しては平気でコンバースのスニーカーを履いていた。
もちろん革靴も持ってはいるが、ボロボロで底に穴が空きかけていてとても履ける状態ではなかったのだ。
何よりスニーカーは歩きやすい。
歩いていても疲れないという理由だけで、スーツにスニーカースタイルを貫いていた。
その日も僕はいつも通りのスタイルで出勤していた。
仕事が早朝からのシフトだったので、昼頃には地元の駅に帰ってくることができた。
いつもはそのまま歩いて家まで帰るのだが、財布の中が少なくなっていたので銀行に寄って行くことにした。
駅から1番近くの銀行に向かう。
すると、その銀行の前には数人の警察官が待機していた。
この銀行で何かあったのだろうか?少し不安に思いつつも中に入って行った。
ATMでお金をおろし、用事が済んだのですぐに銀行から出た。
そしたらその瞬間、先程まで大人しく待機していた警察官の1人が僕に話しかけてきた。
「ちょっとお兄さんいいですかね。」
ええ?突然の警察官からの声かけ。
今の一瞬で僕なんかしましたっけ?
ATMでお金をおろしただけやんな?
何も心当たりが無いにもかかわらず、急に警察官に声をかけられて内心動揺する中、なんとか平静を装った。
そして警察官が続ける。
「あのー持ち物検査させてもらっていいですかね?」
この警察官、明らかに何かを疑っている。
僕が何かをしでかした奴だと思っているのだろう。
今の僕に拒否権は無いと思い、素直に背負っていたリュックを差し出した。
その渡されたリュックを隅から隅までチェックしていく。
「ポケットの中のものとかも全部出してくださいね。」
少し高圧的だった。
なんなら初めの声掛けの時から高圧的だった。
なんやねん時間を取っときながら。
そう思いながらも、ポケットの中に入っていた財布、ケータイ、ハンカチまでも全て差し出した。
提示されたそれらを警察官がチェックしていく。
しかし、当然ながら何も怪しいものは出てこない。
なんの手がかりも見つからないまま、僕の持ち物検査は終えた。
警察官がご協力ありがとうございました。の一言でその場は終わるはずなのだが、どうも僕には腑に落ちないものがあった。
何故色んな人が通る中、急に僕だけに持ち物検査をさせたのだろう?
何があったのだろう?
その理由を警察官に聞いてみることにした。
「ここら辺でなんかあったんですか?」
すると警察官が話してくれた。
どうやら数分前に、その銀行付近でオレオレ詐欺の被害があったらしいのだ。
時間はそれほど前ではないので犯人はまだ近くにいるかもしれない。
その犯人の特徴は…
身長160センチ程で、スーツを着てリュックを背負った男性だったらしい…
いや完全に俺やないかい!
犯人の特徴、1つ残らず当てはまっとるやないかい。
しかも、足元はスニーカーを履いている。
スーツ姿なのにスニーカーを履いている。
これ完全に逃げやすい格好してしまっているよね?
警察来たら瞬時に走り出すよね?
さらにさらに、ちょうどその時間帯に全ての特徴が当てはまる奴が登場したんだから。
そら声かけてくるわ。
この警察官も思ったんやろな。
「もう絶対コイツやん、もう絶対コイツやん!」
しかし、もちろんのこと僕はなんの犯人でもない。
犯人の特徴を完璧に捉えただけの1人の男だったのである。
なるほどーそういうことだったんですね。
理由を聞いて思いっきり納得してしまった。
警察官側も、わざわざ時間取らせてすみませんでした。と謝ってくれた。
むしろ謝らないといけないのは僕なのかもしれない。
僕も警察官にご苦労さんでしたと言ってその場を後にした。
銀行での件を終えて、家まで向かう。
いつもの帰り道を歩く途中、一台のパトカーが僕の横を通り過ぎた。
オレオレ詐欺の犯人をさがしているんだろうなぁ…
横切って数秒後、パトカーが数メートル先にて急に停車したのが見えた。
その瞬間、なんかものっすごい嫌な予感がした。
すると、パトカーの中から2人の警察官が出てきた。
案の定、僕の方に向かって歩いてくる。
いや、まさか。まさかそれは無いでしょ?
そして警官が僕に声をかけてきた。
「ちょっとお兄さんいいですか?」
マジか?ついさっき同じことあった筈なんやけど?
またなんか聞かれんのかな。
そんなことを考えていた矢先、その警察官が放った一言に耳を疑うこととなった。
「すみません、パトカー乗ってもらっていいですかね?」
ええ⁈
初めてされる要求に困惑の2文字。
聞き間違いかと思った。
何もしてないのにパトカーに?
犯人の特徴
・身長160センチ程
・スーツ姿
・リュックを背負っている。
犯人の特徴にピッタリ!
そらそうか。
そらパトカー乗らなあかんか。
コイツオレオレ詐欺の主犯の可能性あるか。
警察官のその一言で、大人しくパトカーに乗ることにした。
その姿を見た警察官は、おそらくこう思っていたことだろう。
「よーしよし、パトカーに乗ってもらったらこっちのもんや。はい、犯人確保〜」
残念ながら、貴方達の策略は大失敗に終わることとなる。
何故なら、僕はなんの犯人でもないからだ。
そしてパトカーに乗り込むときにも警察官からの指示が飛ぶ。
「1番奥に乗ってください。」
その警察官達は、逃げられないようにするために僕をパトカーの奥に座らせた。
万が一、右のドアから出たとしても、そちら側は車道になる。
完全にコイツら俺を捕まえようとしてるよね?
僕が先に乗り込んでから、後部座席の真ん中に警察官1人、左のドア側に1人とパトカー内に逃げ道のないシェルターを作られてしまった。
もうお前の行先は無いぜ?とか思ってるのだろうか?
そして警察官からの指示が飛ぶ。
「この箱に持ち物全部出してもらっていいですか?」
おいおい、数分前に同じことをしたところだよ。
また全部出さないとあかんの?面倒くさい。
しかし、この指示に従わないと終わらないことを僕はよく知っている。
仕方なく、言われるがままに全ての持ち物を箱の中に差し出した。
その物品の数々を警察官が全てチェックしていく。
財布の中、リュックの中、ましてやクリアファイルの一枚一枚まで。
定期入れの中も隅から隅まで見られた。
その定期入れの中から、会社の同期たちと撮ったプリクラが出てきた。
恥ずかちい!
こっちだって見られたく無いものもある。
"仲良し同期〜"やないって!
そのプリクラを真剣な眼差しで見つめる警察官。
お前今どんな感情やねん。
どんな気持ちでそのプリクラ見つめとんねん。
てか、定期入れにプリクラ入れてるような詐欺師おるかい。
めちゃくちゃ絆大事にするタイプやんけ。
そんな奴オレオレ詐欺せーへん。
警察官は全ての持ち物を検査する。
しかし、手掛かりになるようなものは1つも出てこない。
そこでようやく気付いたのだろう。
コイツ、まさか犯人じゃないの?
こんなに特徴捉えてて、犯人じゃないの?
だからそうやって!
僕はなんの犯人でもない!
僕は何にもやっていない!
確かに特徴は全て当てはまるけど、
しかし、人間とは不思議なもので、実際こういう場面に遭遇すると、もしかしたらどこかで自分がやってしまったのかと思いだしてくる。
何かが繋がってオレオレ詐欺を気づかないうちにしてしまったのかもしれない?そう思えてくる。
やってもいない罪を認めてしまう人の心境にまで達してしまっていた。
いやいや、本当に心当たりが無い。
なんの証拠もない。
それでも僕はやってない!
観念した警察官は、今何故持ち物検査をさせられているのか何も知らないであろう僕に、ことの発端を話し始めた。
「いやー実は先程この辺りで…」
その警察官の言葉を遮るように僕は返した。
「オレオレ詐欺あったみたいですねえ?」
え?なんでコイツ知ってんの?
明らかに動揺する警察官達。
「その被害があつたのが…」
「そこの銀行ならしいですね?」
コイツ、なんでここまで知ってんねん?
まだ公になっていない筈なのに?
しかし、僕は続ける。
「しかもその犯人の特徴が、僕の姿と全く一緒だったらしいですね?」
何故ここまで細かく知っているのか?
事件の内容を異様に把握している僕に対して、警察官が聞いてきた。
「何故そこまでご存知なんですか?」
「僕、つい先程そこの銀行でも持ち物検査受けましてね。」
そう、ご存知も何も数分前に全く同じことをされているのだ。
おそらく貴方達と同じ捜査チームの人に時間を取られたばかりなのだ。
これには流石に警察官も申し訳なく思ったのだろう。
「あー本当ですか?これはご迷惑をおかけしました。先ほども今日利用いただいてたんですね。こちらも業務上、持ち物検査をしなくてはいけなくて。」
それにしてもこんな短時間で2回も警察に止められると思わへんかったわ。
こちら側もどうせ言っても無駄なんやろなと思って諦めたし。
まあ、パトカーに乗るっていう特殊な経験できたからええけど。
目的を終えた警察官はご協力ありがとうございましたと礼を言って、あんなに頑丈だったパトカーという名のシェルターにようやく出口を作ってくれた。
やっとや、やっと解放された。
何に時間を取られてたんや。
まあでも銀行での持ち物検査と、パトカーから僕を見つけるまでのスパンがあまりにも短かったから連絡も行き渡ってなかったんかな?
それにしても迷惑な話やな。
2回の持ち物検査を終えて、家までの帰り道を再び歩き出す。
一つ目の信号に差し掛かり、その交差点を右に曲がった。
すると、その数メートル先にはまたもや警察官がいた。
例の如く、明らかに僕をガン見している。
そしたらその警察官が、僕を発見するや否や無線を取り出して何かを伝えていた。
コイツ明らかに俺を疑っている。
「いや、お前ら連携どうなってんねん‼︎」
心の中で大きく叫んだ。
俺をオレオレ詐欺の犯人やと思いやがった。
犯人の特徴
・身長160センチ程
・スーツ姿
・リュックを背負っている。
この3つを完璧に捉えた男が現れた。
コイツが絶対オレオレ詐欺やーー!
これもうええねん!
今日で何回そのくだりあんねん。
もううんざりやねん。
こちとらもうすでに2回も警察に止められとんねん。
2回も持ち物全てを差し出せられとんねん。
なんなら1回パトカーにまで乗せられとるからね?
ええ加減にしてくれ。
そう思いながら僕は、警察官が立つその道を歩いて行った。
そして警察官の側を通り過ぎる…
しかし、今回は声をかけられることはなかった。
流石に3回目の持ち物検査に合うことはなかったのだ。
あれ?声かけてこないの?
逆にこちら側も不思議な気持ちになった。
警察官に声をかけられないことが不思議、複雑な感情だ。
おそらく警察の無線の中でこのような会話が繰り広げられたのだろう。
「ツーツー、こちら〇〇、こちら〇〇、えー前方から明らかな容疑者発見。犯人の特徴、身長160センチ、スーツ姿、リュックを背負っている、全て当てはまります。直ちに持ち物検査を行います。」
「ちょっと待ってちょっと待って、その人ってコンバースのスニーカー履いてる人?」
「はい、明らかに逃げやすい格好をしています。」
「あーその人犯人ちゃうねん。」
「どうゆうことですか?」
「犯人と同じ特徴持ってただけのそっくりさんやねん。もうすでに2回持ち物検査したし、なんなら1回パトカーにまで乗せてもうてるから、もう無視しといていいよー!お疲れさーん。」
この日ほど街中の警察官達の視線を集めたことはない。
みんながみんな、僕を逮捕しようと思っているのだから。
人生でパトカーに乗る経験なんて、この日の一度だけで収めておきたい。