伊勢うどん殺人事件




5年ほど前に家族や従兄弟、親戚らと伊勢神宮に行った。


その日はえらく混んでいて、賽銭箱に辿り着くまでにも中々の時間を要した。


神宮に並ぶ大量の仮設トイレの前に出来た20人ほどの行列が、それを物語っている。


十分にトイレが並んでいるのに、それでも行列ができてしまうのだから。


てか伊勢神宮って仮設トイレなんや…




お参りに来たのは5月頃


ある程度暖かくなっていたはず。


だがおそらくその日は風が強かったのだ。


あくまで推測だが、その気温の変わりように何人もの人が腹をこわしてしまったのかもしれない。


それがあの20人ほどの大行列を作ったのだ。




並び出してから30分以上経っただろうか?ようやく我々も賽銭箱に辿り着くことができた。


鐘を鳴らし、何を願うわけでも無い。



時刻は12時


ちょうどお昼頃だ。


お参りを終えた我々は、昼食を取りに街にくり出た。



伊勢には商店街のように多くの屋台が並んでいた。


名物の赤福も大量に並んでいる。


どこの店にも赤福売っとんな。そう言ってやりたいほどだった。


昼食のメニューにも悩む。


その中で一際我々の目を引いたのが「伊勢うどん」という看板だった。


あまり聞き馴染みがない名前だが、どうやらここのおすすめ名物ならしい。


うどんの前に「伊勢」と付けるほどなのだ。


おそらくここでしか食べられないというプレミアうどんなのだろう。


その安いネーミングに惹かれ、我々は店に入ることにした。




席に着き、早速その伊勢うどんとやらを注文してみた。


名前からは情報が無さすぎる。どんなうどんが出てくるのか?


おそらくその場所名産が天ぷらになってうどんに乗っているのだろう。

それぐらいにしか考えていなかった。


待つこと数分、ようやく我々の席にも伊勢うどんが運ばれてきた。


その実物を見て僕は驚いた。


え?伊勢うどんってこんなんなん?


思ってたのと違うな…


何より…


汁が少ない‼︎


なんなら、うどんが伸びて汁吸うたんか?

そう思うほどだった。


見た目はわりかし汁無し坦々麺に近いかもしれない。


だいぶ想像とは違った気もするが、名物なので味に間違いはないだろう。


一口食べてみる…


うどんらしからぬ味わい


結構濃いめの味付け


普通うどんといえばズルズルとすすっていける気がするが、このうどんに関してはそうはいかない。


麺に濃いめの汁が染み込んでいて、一口ずつ確実に腹に溜まっていく感覚があるからだ。


味はちゃんと美味しい!


だが、完食した頃には腹がパンパンに詰まってしまっていたのだ。


もうこれ以上入らない!


並サイズでも相当の量があったと思う。


伊勢うどんに軽くサプライズを覚えて我々は店を後にした。




その後の会話もしばらくは伊勢うどんの話題だけにとどまった。



全員が予想していたものとは違ったのだろう。

おそらくあっさりしたうどんを想像していた。



そんなたわいもない会話が続く。


気づいたら、話題も周りに見える屋台によってその姿を変えていた。


そのまま歩き続けること数分、1人全く会話に入ってこない者がいることに気づいた。


それは父だった。


どうやら、うどん屋を出た後から父の様子がおかしい。


明らかに先ほどとはテンションの差が生じている。


あまり元気がない。


どうかしたのだろうか?


何か不満でもあったのか?


この数分の間に何があったのか?


うどん屋の接客が気にいらなかったのか?


もしかして、僕が気づかないうちに機嫌を損ねる真似をしたのだろうか?



そんな心配を色々していると、要約父が情けない表情で口を開いた。





「ちょっと…うんこ行ってくる。」





どうやら、うんこを我慢していただけならしい。



あ、うんこ行きたかったんや。


あーそれで我慢してたんか。


うんこ…


うんこねえ…


…え?うんこ行ってくる?


…それってもしかして?


思い当たるはまだ記憶に新しい…



伊勢うどん⁈



そう、父は伊勢うどんによって腹を壊してしまっていたのだ。


さらに今日はやけに風が靡く!


その気温と伊勢うどん諸共が、父のお腹に大打撃を打っていたのだ。


一刻も早くトイレに向かわなければ!



しかし、トイレに着いたとしてもまだ安心はできない!



思い出して欲しい。


伊勢神宮のトイレには、あの大行列が出来ていたのだから。


辿り着いたとしてもすぐには用を足せない!


20人ほどの待ち時間がある!




まさに今、父は絶望の淵に立たされているのだ!



だからと言って、居ても立っても居られない!


少しでも早くトイレに向かわなければ!


考えている暇はないのだ!




「ちょっと行ってくるな!」




そう言い残し父は、アスリート並みの速さで伊勢神宮の人混みを避けてトイレへ向かった。



もう、当分帰ってこれないのだろう。


だってあんなに並んでいたのだから。


30分は待たされることを覚悟しておいた方がいい。


もう限界まで来てるうんこを30分我慢。


ただの生き地獄でしかない。


はあ…なんて可哀想な父なのだろう。


最後の捨て台詞、「ちょっと行ってくるな!」かぁ…



そんなことを考えながら父の帰りを待つ…




すると…




なんと!父が光のスピードでトイレから帰ってきた!



時間にしておよそ10分ほどだったと思う。


ええっ⁈何がなんでも早くない?


さっき並びに行ったばっかりやんな?


そんな弾丸で帰ってこられるわけが無い。


なんでもう戻ってきた?




もしかして…



間に合わへんかった?


…いや、そんなこともなさそうだ。


父の表情は、明らかに明るい表情に変わっている。


スッキリした表情に変わっている。


なんだ?どうゆうことだ?




考えられることは…




まさか野糞?


いやいやいやいやいや、それはないそれはない!


それは流石にやりすぎ!


捕まる捕まる。


伊勢神宮で野糞は公開セクハラ処刑もんやで。




じゃあ何故こんなに早いんだ?


聞いてみるしかない。




「帰ってくんのめっちゃ早くない?」




謎が解けない僕は父にそう問いかけてみた。


すると父は幸せそうな表情で堂々とこう言い放った。





「もう無理やと思って、順番抜かしした。」





っえええええええええええ⁈


まさかの順番抜かし⁈


あの20人ほどの大行列を?


あれ全抜かししてきたん?



詳しく話を聞いてみた。



どうやらあの後、父はダッシュで我々の元を離れてから、その勢いを利用してトイレが1つ開いた瞬間にさっさと駆け込んでしまったらしい。



なんとも最悪な


なんとも罰当たりな


順番抜かしって


ここ伊勢神宮やぞ⁈




次の順番だった人が不憫でならない。




はあ〜次やっと俺の番が来る!


そう安心していたことだろう。


もう肛門のストッパーも完全に緩めていたはずだろう。


ドアがガチャっと開く音がする。


よし、やっと俺の番だ!…


20人も待ってやっと、うんこができる!


やっとこの苦痛から解放される!


はあ〜幸せだ!


神様ありがとうーーーーーー!



……タッタッタッタッタッタッタッタッ(足音)

ガチャっバタン!



ゔええええええ⁈


こうなっていたに違いない。


俺のうんこの番はーーー⁈


そう叫んでいたかもしれない。


うんこ自身ももう出る準備をしていたはずだ。


それが急に出順の変更を言い渡された。


だから実際少し漏れていたかもしれない。



少なくとも、こういった被害者は1人は出てしまったのだ。



だがそんな被害者を顧みず、父は爽やかな表情で今我々の前に帰ってきている。




はっきり言おう。



お前にその表情をする権利は無い。


ネクストうんこバッターサークルにいた被害者のことを考えろ!



ましてやここは伊勢神宮である。


神様が見ている前で、うんこの順番抜かしをした父。


そんな罰当たりな父に、この年のご利益なんて無かったに違いないことだろう。

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