チームJs?聞いたことないなぁ
高校3年生の頃、僕の進路は既に就職と決まっていた。
必死に受験勉強をする同級生をよそに、暇を持て余していた。
もちろん友達と遊びになんて行けない。
言ってくれるわけが無い。
もし誘った所で、既に進路が決まってるからといい気になりやがってと陰口を叩かれることだろう。
土日は基本的にアルバイトをしていた。
暇な時間に少しでもお金を稼いでおきたい。
だが、それだけではどうも味気ない。
せっかくの高校生活なのだ。
高校生ラストイヤーなのだ。
就職するまでに少しでも楽しい時間を過ごしたい。
何か思い出にでも残ることがあったらいいのに。
そんな中、父親があるニュースを持ちかけてきた。
なんと、ソフトボールのチームを作るというのだ。
何故急にそんな計画を立てたのか?それにはちゃんと理由がある。
ウチの地元では年に一度、地区ソフトボール大会が行われていた。
地域のみんなが好きなようにチームを作って参加できて、老若男女ソフトボールを楽しめる素敵なイベントなのだ。
こういったソフトボール大会ってゆるゆるなルールで行われるイメージがあるが、実際は中々複雑だった。
まず、試合は10人で行われる。
あれ?ソフトボールって9人でやるスポーツじゃなかったっけ?
いやいや、よく考えて欲しい。
実際9人で試合をするとなると、もちろん外野は3人。
しかし、素人と玄人が混ざり合うソフトボール大会で外野が3人だとどうなると思う?
そう、基本的に守れないのだ。
外野に飛んでしまえばとりあえずヒット!
そんな状況をなくすための10人制だと思われる。
そして、ルールはそれだけではない。
必ずチーム内に中学生以下の子供と女性を1人ずつ入れないといけないのだ。
その2人をベンチに座らせてはいけない。
常にグラウンドにはその2枠を置いておく必要がある。
確かに、ゴリゴリ経験者だけで10人も集めてしまえば試合はつまらなくなる。
そうなったら地区ソフトボール大会ではなく、ただの選抜高校野球選手権大会になってしまう。
なるほど、無駄によく考えられたルールだ。
一体誰が考えたのだろう?
そういった話し合いをした人達が、少なからず存在するはずである。
町長「よし、地区のソフトボール大会を作りましょう!」
手下「それはいい考えですね、是非話し合いを開きましょう。」
町「とりあえず明日までに企画書を持ってきてくれ。」
手「明日までですか?かしこまりました。」
町「頼んだよ。」
手「おい、町長にこんなこと頼まれたんだよ。お前も手伝ってくれよ。」
手下2「ソフトボール大会?面白そうじゃねえか。」
手「ところがさ、町長が企画書明日までに提出しろって言うんだよ。」
手2「明日?それは大変だな、俺も手伝うよ。」
手「ありがとう!すごく助かるよ。」
手2「とりあえず、ルールはこんな感じでいいか。」
手「そうだな、でもーちょっと思うんだけどさ」
手2「どうした?」
手「やっぱり人数は10人制にした方がいいんじゃねえか?」
手2「何言ってんだよ、10人にしたらソフトボールじゃなくなってしまうだろ?あれは9人でやるスポーツなんだからよ。」
手「いや〜でも素人が混ざったソフトボールで9人で守るのはキツい話だと思うぜ?」
手2「お前は何でもかんでも考えすぎなんだよ。もう企画書できたんだからよ。とりあえずこれを明日町長に提出しろよ。」
手「分かったよ。もう。」
次の日
町「そういえば、ソフトボール大会の話はどうなったかね?」
手「町長、こちらがその企画書でございます。」
町「素晴らしい!本当に昨日で作り上げてくれたんだね。ありがとう。」
手「いえいえ、とんでもないです。」
町「ご苦労だった。それでは早速拝見させてもらうよ。」
手「お願いします。」
町「……って馬鹿野郎‼︎地区のソフトボールなのに実際に9人制でやる必要があるかあああああっ‼︎」
手「あのお…ソフトボールは9人でやるスポーツなので…9人が適正かなと…」
町「その人数で守れるかあああ⁈素人外野3人で守れるかああああ?そんなもん外野フライ打ったもん勝ちなってまうやろおおおおお‼︎」
手「申し訳ありません!」
町「何考えてんねんっっっ‼︎企画書やり直しいいいい‼︎」
手(……くそお、だから言ったじゃねえかよぉ)
こんなやりとりがあったのかもしれない。
そんな地区ソフトボール大会、参加するとなるともちろん必要になるのがメンバー探しである。
通常なら難航する点だと思えよう。
しかし、その心配は全くなかった。
父親には、弟が小学生の頃に所属していたサッカーチームのパパさん達との人脈があった。
一度"親子サッカー"というそのチーム内で行われるイベントに参加したことにより、チームメイトのお父さん達と交流を深めていた。
元々、ソフトボール大会にはそのお父さん友達と話をして参加することを決めたのだという。
でもそれだけではギリギリ足りなかったので僕も誘われたということだった。
しかし、まだ不足点がある。
そう、中学生と女性だ。
だが、この2人枠も簡単に見つかることになる。
ソフトボール大会に参加するとなった時、弟は既に中学生。
残る女性に関しては、ウチの母親を起用すれば何の問題もない。
あっという間にメンバーが揃った。
そしてこのソフトボールには、まだ決まりがあった。
それは、出場する際にチーム名がハッキリと分かる物を身につけていないといけない。
運動会などでいえば、学年とクラスが書かれたゼッケンのような物だ。
そのゼッケンを我々もつけることとなった。
ゼッケンをつけるとなると気になるのが、チーム名。
そういえばまだウチのチーム名を聞いていなかった。
大体のチームは地区で集まった人たちで出来ているので、その地区名がそのままチーム名となることが多かった。
だが、我々は色々な地区から集まったチームなのでそのような付け方はできない。
だとしたら、ウチのチームはどんな名前にしたのだろうか?
その名前を父から聞くことになる。
「チームJs(ジェイズ)」
ダッセェええ‼︎
ただただダセエ!
名乗りたくねえ!
何という恥ずかしいチーム名を?
チームJsの「J」は、楠城の城から取ったJである。
この説明したくないよ。
他のチームは地区名を名乗っているのに対し、ウチだけ"チームJs"。
一組だけめっちゃノリノリやん。
その名前が書かれたゼッケンをスポーツ着に貼り、当日参加することとなった。
そして迎える大会当日。
会場は近くの中学校。
しかし、天候はあいにくの雨だった。
と言っても小雨程度なのでできないことはない。
試合開始は10時頃なので、それまで学校の屋根がある場所で待機していた。
色々なチームが集まる中、我々チームJsもそこで待機していた。
すると、毎年このソフトボール大会には必ず顔を出しますよと言わんばかりの名物おじさんっぽい人が我々に声をかけてきた。
「君らはどこのチームや?」
周りに常連がいる中で見慣れない顔があったので気になったのだろう。
その問いに我々が答える。
「チームJsです。」
「チームJs?はっはっはー聞いたことないなーどこのチームやー!」
今、ハッキリと馬鹿にされたよね?
こんなに分かりやすい罵られ方あるんやね。
そんなん言い出したらこちらこそお前知らんねん。
お前こそどこのどいつやねん。
まず名乗ってこんかい。
サスケに怒られんぞ。
完全アウェイの中、我々は試合を迎えることとなった。
次第に天候も良くなり、無事ソフトボール大会を開催することができた。
大会が始まる前に、まず初めに開会式が行われる。
その選手宣誓は、全チームの中で1番エントリー番号が若いチームの代表が行うことになっていた。
そしてその代表チームというのが、まさかの我々チームJsだったのだ。
どこまでもアウェイの洗礼を受けている気がする。
司会者に選手宣誓をお願いされ、チーム代表である僕の父が前に出る。
この時、僕は自分のことのようにドキドキしていた。
何故自分が緊張するのか?
というのも、僕の父はこういった場で笑いを取りに行こうとする癖がある。
もし、この完全アウェイの中で選手宣誓で滑ってご覧なさいよ?もう我々チームJsは没収試合を余儀なくされてしまうではないか?
それだけは避けたい。
そしてこのソフトボール大会は地元の大会だ。
他のチームにも何人か同級生がいる。
もしウチの父が爆滑りしてご覧なさいよ?
後々ソイツらに、「あれってお前のお父さん?」っていじられる未来が目に見えている。
それだけは避けたい。
あれ?ちょっと待って?
父の表情が少し半笑いな気がする?
何考えてんねやろ?
あれ?てか、そもそも父って日頃から半笑いやったかも?
分からへんくなってきた。
どっちや?
どっちがほんまの表情や?
いや、そんなんどうでもええ。
今は選手宣誓の話や。
頼むから変なことすんな。頼むから変なことすんなよー!
本気でそう願う中、選手宣誓が始まった。
「宣誓!我々中年のおじさん達は、張り切ってしまいがちですけど、皆さん怪我のないように全力で楽しみましょう!チームJs代表、楠城(父親の名前)!」
良かった…いいラインの選手宣誓だった。
ほっと一安心。
真面目過ぎず、ふざけすぎない。ちょうどええラインやった。
父の選手宣誓が終わり、いよいよソフトボール大会が開幕!
我々は初戦だった。
相手は、大会常連で優勝経験もある強敵チームだった。
そして驚くのがそのメンツ達。
明らか元高校球児の奴が6人ほどいるのである。
こんなマジの大会ですか?そこで驚かされた。
先攻は我々チームJs。
出だしは好調で、一回から父がワンベースヒットを決めた。
よーしよし、いい調子だな。
父に続けとネクストバッターが打席に立つ。
打球は外野へのイージーフライ。
あーあー惜しかったなー…と思っているとまさかの事態が起きる。
一塁に着いていたはずの父親が、思いっきりベースから離れていた。
あんな分かりやすいイージーフライなのに、思いっきり走ってしまっていたのだ。
もうベースに戻れるような距離ではない。
「おーい!なんしてんねーん!」
思わず叫んでしまった。
外野が補給後すぐに一塁へと送球。
そして当然の如く父はアウトになってしまった。
いや、ルール知らんのかい。
父はもちろんこのルールを知らなかったわけではない。
だが、実際塁に出ると"打ったら走る"という定義を自分の中で勝手に作り出してしまったのだろう。
ちょいちょいちょい!
それ野球マジで何も知らん奴が1番初めにするミスやから。
これには相手チームも
「何で俺たちこんな奴らと戦わされてんねやろ…」
といった表情を浮かべていた。
我々は笑って済ませるが、相手チームは一周回って引いていた。
こんなに決めたチーム名で参加してるのに、めちゃくちゃ初歩的なミスで明日とになっちゃった。
恥ずかちい!
そんな我々が、ソフトボールガチ勢に勝てるはずもなくボッコボコにされた。
攻撃だけにとどまった話ではない。
もう打たれるわ、走塁ミスるわ、内野の送球後ろ逸らすわでめちゃくちゃだった。
それなのに、試合終了後は全員一丁前に缶ビールを開けてグビグビと仕事をやり切った顔で飲んでいる。
いやいや、我々が何を成し遂げてん。
何に対しての祝杯やねん。
その後、何回か試合があったが結果は言うまでもない。
言わずもがな分かるでしょう?
色々なチームがいる中で、唯一リトルリーグのようなチーム名で参加した「チームJs」は結局一勝もすることなく大会は終了した。
この胸に付けたゼッケンもなんか恥ずなってきた。
こんなことだったらまだ、「ソフトボールズ」とかの方が数倍マシだったかも。
そんな地区ソフトボール大会。
いい歳した大人達が全力でボールを追いかける姿。
僕は密かに感動していた。
いくつになっても遊びに本気になれることはいいことだな。
こういった行事はいつまでもやり続けて欲しい。
もしかしたら今はもうなくなっているのかな?
その後2年間、我々チームJsの猛攻は続くのだった。